148話 三十六計
とりあえずは無事に終わったと思った矢先、カオスに更なるカオスが投下される。
「──陛下お待ちを!」
私がハオランたちを伴って謁見の間を退出しようとしたら、突然ヴァルターと近衛騎士たちが乱入してきた。
「この者たちのことを信用してはなりません! 見てくださいこの有様を!」
そう声高々にヴァルターはボロボロになった兵士を指さす。
「レオ=ウィルフリードの連れてきた護衛たちが突然暴れたのです! これはそれを止めようとした兵士です!」
見ると後ろには父、歳三、アルガーが縄で括られていた。
その三人なら余裕で抜け出せるだろうが、私を案じて大人しく捕まっているようだ。
「ウルツ=ウィルフリードではないか。久しいな」
「はい陛下。このような醜態を晒しお恥ずかしい限りです」
「それで、お前の息子に我が娘をやった。よろしく頼むぞ」
「……既に決してしまったなら覆すことは叶いますまい」
「ハハ! お前には負けたが、息子とは余が一枚上手だったようだな!」
ヴァルターを横目に、父と皇帝はまた私の分からないことを話していた。
そんな様子にヴァルターはイラつきを隠せない。
「陛下! この者どもに耳を貸してはなりません! 騙されているのです!」
しかしその声は届くことはなく、皇帝は皇帝はただどこか得意気な表情で数段高い玉座のある台の上から私たちを見下ろしていた。
「そしてこの獣どもの粗暴さは城の者が見ております! 証拠はこちらにある!」
あの無駄に喧嘩を売られたのも全てこのためのパフォーマンスの一環だったのか。
しかしこんなふざけた茶番は相手にしたら負けである。
「ええい! この獣どもも取り抑えろ! いや、陛下の御前での無礼にはその場で死罪が妥当! やってしまえ!」
父たちも、私たちもぐっと堪えたが、向こうは剣を抜いて実力行使といくようだ。
「馬鹿な真似を……!」
もはや彼に道理など通じない。
恐らくこの場には彼の息がかかった人間しかいないのだろう。そしてその横暴を通すだけの政治的な権力を手にしてしまっているのだ。
「クソ! 絶対に誰一人として傷つけるなよ! ──ハオラン!」
「了解! ──『集合! 脱出する!』」
ハオランの号令で、大きな窓から差し込む光で輝く謁見の間に影が落ち、一瞬で部屋は暗闇に包まれた。
通信機による合図で窓の外に翼を広げた竜人たちが一斉に集まったのだ。
「ここまで退屈な任務は初めてだったよ」
薄暗がりの中、『Drachen Stuka』形態ルーデルのトカゲのような赤い目が妖しく光っていた。
「なっ! どうなってるんだこれは! 誰だお前たちは!」
ヴァルターたちがたじろいだその隙を私たちは逃さなかった。
カワカゼは歳三を縛る縄を居合切りで一閃。アイデクスとヴォルフがそれぞれ父とアルガーの縄を爪で切り裂いた。
そして解放された三人をリカードがまとめて抱える。
「皇帝よ! これは我々が勝手にやったことだ! このレオ=ウィルフリードは関係ない! ──ではさらばだ!」
私はそう言う竜人形態になったハオランに抱きかかえて謁見の間を窓から飛び出した。
「……なっ! まっ、待て……!!!」
皇城の方を振り返ると、ヴァルターや騎士たちがバルコニーあたりに詰めかけこちらを指さしている。
しかし翼のない彼らはもう私たちを捕まえることはできない。
「命からがらの脱出だったな!」
ハオランはカカカと笑いながら楽しそうにそう言う。
「私としてはまだ安心できないがな……」
政治の中枢にいるヴァルターは、逆に言えば一度あそこから離れてしまえば出てこれない。地方貴族とはいえ、皇帝の命なしに一般人である政治官僚(いやヴァルターは本来ただの執事なのだが)に手出しされない程度には私も力を持っている。
逃げるのは最善の一手であるのだ。
『レオ、全員合流できたようだ』
ルーデルが通信機でそう連絡を寄越した。
とにかく捕まらないように四方八方に飛んで逃げた私たちであったが、通信機があれば問題なく合流できる。ヘクセルの魔道具さまさまだ。
「よし。それでは一度エアネスト公爵の元へ行こう。このままファリアやウィルフリードに戻る前に落ち着いて状況を整理したい」
『了解』
エアネストは皇都から南東へ向かったところにある商業都市である。
人口はウィルフリードより多く、皇都より少ない程度。つまりは大都市だ。
『おい、俺は帰らせて貰うぞ。そんなに長旅をするつもりでついてきていないからな』
確かに護衛としても亜人・獣人代表としての役割も終えたシャルフたちまで連れていく必要もない。
「よし、それじゃあここで二手に別れよう。編成し直すため一度適当なところに降りてくれ」
皇都を出てもしばらくは街道沿いに店や家がぽつぽつと並んでいる。
私たちは適当な小さな森の中へ紛れるように着地した。
「レオ、悪いが竜人と言えど、この長旅は堪えるものがある。リーフェンを筆頭に女は戻らせる」
族長として仲間への気使いも大切だ。
「分かった。……父上、そちらはどうしますか」
「俺とアルガーはついて行く」
父が勝手に決めているようだが、アルガーも黙って頷くので、まあ大丈夫だろう。
「もちろん俺も行くぜ?」
「ああ。……ルーデルもこっちに来い」
「……了解」
常に私の指揮下に置いておかないと何をしでかすか分からない。
となると、自然と人間組と亜人・獣人組に丁度よく別れた。
「リーフェン、帰還組の指揮は任せる」
「承知しました族長」
「ついでに言伝を頼まれてくれ。……今日見た一部始終を孔明に伝えて欲しい」
「お任せ下さい」
リーフェンは街に住む側のリーダーをしている女の竜人だ。彼女なら的確に孔明とやり取りできるだろう。
内容が内容なだけにまだ他の貴族には伏せておきたい。いつか直通の通信機が開発されるまではこうして秘密の連絡手段が必要だ。
「それでは皆、数日間付き合わせて悪かった。だが皇帝に直接会って許可を取ったという事実は大きい。大仕事ご苦労だった」
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