146話 虚栄

「騒がしいですね」


「ひ、姫!」


 イロニエが跪き、焦りを隠せない表情で見つめるその視線の先には、複数人の侍女を連れた若い女が居た。


「これはエルシャ様、御立派になられました」


 父がそう言い跪いたところで、目の前の女性が誰だか分かった。


「お、皇女様! お騒がせし大変失礼しました!」


 以前この皇城で会った時は確か十歳。私と同い年だったはずなので彼女もまた十四歳である。

 見た目は幼い私が言うのもなんだが、この頃の子どもは見違えるほど成長が早い。


「お庭を散歩していると、大きな鳥か何かが飛んで来るのが見えましたの。それで様子を見に来たら言い争いが聞こえたので来てみたのですわ」


「大変申し訳ございません! すぐにこの無礼者どもを追い払いますので……!!!」


 イロニエの言葉を受けて近衛騎士が私たちを羽交い締めにして引きずり出そうとする。


「触るな人間!」

「弱き者よ、死にたくなければその手を離すがよい」


 人間嫌いで有名なエルフの王子シャルフといつも通りのハオランは近衛騎士に抵抗している。


 リカードはその巨体を動かすことができず、逆に近衛騎士がたじろいでいた。


 焦ったイロニエが強硬手段を使ってきたことで、いよいよ乱闘になりそうだった。だが何としてもそれは避けたい。


 私は一縷の望みを、目の前の彼女に託そうと思った。


「違うのです皇女様! 私は皇帝陛下の御命令を受けこの場に馳せ参じたまで! 本当なのです!」


「……貴方以前お会いしたわよね? ごめんなさい、お名前は?」


「こ、これは失礼しました! ──私の名前はレオ=ウィルフリード! この後ろの者たちは亜人・獣人の国々から代表者として連れてきたのです! 先の戦争の沙汰について陛下とお話があるはずなのです!」


 私が余計なことを口走る度に、近衛騎士は取り押さえる力を強める。


「だそうだけど。どうなのかしら?」


「そ、それは……!」


「お父様の命令を妨害したとなれば、いくら貴方とて厳罰は避けられないわ。団長、正直に言って頂戴」


「ぐぬぬぬ…………!」


 顔を真っ赤にしたイロニエが剣の柄に手をかけた。

 これは流石にまずいと思ったその時だった。





「──ようこそお待ちしておりましたレオ=ウィルフリード様! さあ早くこちらへ! 陛下がお待ちです!」


 皇城の大きな扉が勢いよく開いたと思ったら、その中からヴァルターが飛び出してきた。


「いやあ団長! 私の連絡ミスで申し訳ない! ──エルシャ様もとんだお目汚しをお許しください! ──ささ、レオ様中へ!」


 取り繕った笑顔でそう言うヴァルターの細い目から覗く瞳は少しも笑っていなかった。


 恐らくどこか城の中から私たちの様子を見下ろしていたのだろう。イロニエもヴァルターの指示を受けて私を通さんとしていたのだ。

 しかし皇女が乱入するという予想外の出来事に、能力が伴わず団長になったイロニエの判断ミスを恐れてヴァルター本人が出てきたといったところか。


「その手ェ離そうか?」


「ひっ!」


 私の礼服にシワができるほど強く抑えていた近衛騎士を、歳三が片手で捻って私を救出してくれた。

 ハオランたちもフンと鼻を鳴らし手を出す前にことが運んで良かった。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 やっと皇城に入れて貰えた私たちだったが、先導するヴァルターは大変不機嫌そうにずんずん肩を揺らしながら歩いていた。

 上品そうなその外見とは裏腹に、そのどす黒い中身が透けて見えるようだ。


「ちょっと待て──」


 皇城の階段を登る途中、突然ヴァルターが立ち止まるから思わずぶつかりそうになった。


「その獣ども全員を陛下の御目に触れさせるというのか?」


 無駄に新たな問題が発生させたがる男だ。


「我ら竜人を獣呼ばわりとは図に乗った人間だ!」

「人間風情が分をわきまえろ!」


 予想通り二名ほど釣られた。


「その知性を欠いたようなところが獣なのだ」


 私が手で制止するので武器を取り出しはしないが、ハオランたちは拳を握り締めている。

 人型の段階で竜人がどこまで戦えるのか興味はあるが、ここで試されるのはまずい。


「ヴァルター殿、今回陛下は先の戦争について思し召しなのだろう? なれば当事者である私とそれに対応する向こう側の立場の人物も必要だろう。条約の内容を知っているなら、彼らが私たちや陛下に危害を加える心配もない。違いますか?」


「貴様がどういった立場の人間か知らんが、俺がエルフ国が王家の人間であると知った上での発言か?」


 ただでさえプライドの高いと言われるエルフの王子様である。私でさえ腹を立てるのだ。

 シャルフは鋭い目つきでヴァルターを睨みつけている。


「本当にその規模で同盟を結んできたのか……」


 どうやら未だに条約自体の内容を疑った探りだったようだ。


「何か問題でもあったでしょうか。帝国のためを思って、私とそれに賛同する貴族らで取り決めたのです。陛下のお考えが第一であるのは重々承知ですが、あなたに何か言われる筋合いはありません」


「そんなに疑うなら腕試しといこうか愚かなる者よ。我に勝てば強き者と認め、そなたの全ての発言を許してやろう」


「……え、遠慮させて頂こうか。──は、早く行くぞ!」


 イロニエなどは切り捨てても、流石に自分の命を危険に晒してまでは挑発しないようだ。


 ……となると結果的にただ物理的に上から喧嘩を売られただけであり、大変気分が悪い。

 そうして私の失言を誘っていると分かりきっているからこそ、一方的に攻められるというのはなんとも鬱憤が溜まるものだ。





 それからはヴァルターも無言で城内を案内してくれた。

 城を巡回する騎士や文官たちの視線がどことなく冷たく感じ、居心地は悪かった。


「早く行け。私の連絡ミスで遅れたとなればこっちまで迷惑だ」


「…………」


 所詮は一般人であるこの男が貴族である私に何故そんな口を聞けるのかと思わず激高するところだったが、冷静に考えれば私の中身もそんな高尚な人物ではないので溜飲を下ろす。


「扉を開けろ」


 ヴァルターのぶっきらぼうな指示で衛士が謁見の間へと続く大扉をゆっくりと開ける。


「ただしウルツ=ウィルフリード、その相棒の男、黒服の男は別室で待機だ。お前らは関係ないだろ」


「はァ!? ここまで来てそれはねェだろ!」


「……大丈夫だ歳三。待っていてくれ」


 父とアルガーにも黙って頷き一時の別れを告げる。


「──さて、それでは手筈通りにいこうか」


 私の命だけではない。帝国の、ひいては人類の未来も左右するのだ。この一度きりの駆け引きで必ず勝利を収める。



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