第二章

94話 肩を並べて

「お前のことだ、もはや確かめること自体無粋かもしれないが……。孔明、抜かりないな?」


「えぇ。勿論です」


「よし。それでは行こうか」


 父は寄せ集めの見せかけ部隊を作るように指示を出した。しかし、私の戦いはより厳しいものだ。全力で行かねばならない。


 残すのは冒険者連中で十分だ。彼らは地元愛が強く、何より自由に自分自身の為に戦う。

 チンケな賊や魔物などに彼らの守るファリアが負けることはないだろう。

 むしろそれぐらい働いて貰わねば、何のために投資してきたか分からない。





 かき集めたファリア全軍。


 私率いる騎士、もとい騎兵、五百。

 歳三率いる歩兵、千三百。

 孔明率いる弓兵、千。

 物資輸送等、百。

 その他特殊部隊、百。

 総勢ファリア全軍、三千。


 そういえばいつだかのファリアの戦力も三千だった。

 だがあの時と大きく違うのは、将兵の質、装備、そして覚悟。


 私は腰に、帝国の名工ザークが渾身の一振である日本刀を携える。

 銘には『斬雄戯惡』とあった。


 亜人ドワーフである彼の身を案ずるなら、いち早くこの戦争を終わらせなければならない。


「レオ、出立の合図はお前が頼むぜ」


「あぁ。……歳三、こんなことを言うのは甚だ可笑しいんだが、──この胸の高鳴りはなんなんだ?」


「ソイツが軍を率いるって感情だ。恐怖、責任、そして殺しへの興奮。……懐かしい気分だろ?」


 歳三はニヤリと笑いながら舐めるように私を見る。


「狂ってるな」


「まともな奴は戦争なんてできねェもんだぜ」


「それもそうだな」


 私は馬に乗り、少し上から景色を眺める。これだけ軍列が広く、大きく見えるのは単純に私の体が大きくなったからだけではないだろう。


 私の動きを見て、他の兵士たちも一斉に動き出す。


 小さなファリアの門周辺に詰めかけた民衆たちのざわめきは、一層大きくなる。


「レオ様、号令を」


「あぁ。……歳三、タリオ。行こうか!」


 私は息を大きく吸い込んだ。


「──全軍出撃!!!」





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 ファリアからウィルフリードへの道のりはさしあたっての危険は少ない。


 そのため私自身が先陣を切って馬を走らせている。

 その左右には歳三とタリオが控え、後ろから騎馬隊が砂埃と轟音を響かせてついてくる。


 孔明は馬に単騎で乗るのは無理ではないが苦手だそうなので、少し後ろの物資の輸送隊、特殊兵器部隊と共に馬車に乗って来る。

 どの道、孔明には馬車の中で地図でも眺めさせておいた方が何倍も有意義だろう。


「それにしてもっ!わざわざこんな帝国の西端から極東まで軍を出させるなんてっ!手間のかかる事をしますねっ!」


「あぁ!……帝国の英雄と呼ばれる父の名は大陸に轟いている!……ウィルフリードから引っ張り出すほど余裕があると露骨にアピールしたい思惑があるんだろうな!」


 馬の上で会話をするには声量が求められる。しかしあまり会話に集中すると舌を噛み切ってお陀仏であるから注意だ。


「ここから前線になっているエルフの森とやらまではどんぐれェかかんだッ!?」


「早馬ならっ!最速で七日から十日ですねっ!普通に進軍するならっ!軍馬は十五日っ!歩兵は一ヶ月以上かかりますよっ!」


「それでは戦況は全く分からんな!……せっかくの新兵器も無駄足に終わるかもしれん!」


「亜人や獣人はっ!恐ろしい程の力を秘めてますっ!いくら帝国と言えどっ!簡単には勝たせて貰えませんよっ!」


「中途半端に被害が拡大しねェ事を祈るばかりだぜッ!」


「森はっ!エルフのホームグラウンドっ!我が軍であっても易々と手を出すことすらままなりませんっ!」


「ゲリラ戦か!……厄介だなそれは!」


 銃が完成形まで発展した第二次世界大戦ですら、日本軍のゲリラ戦にアメリカは苦しめられた。

 更に言えば、アメリカはベトナム戦争でも同じ轍を踏む結果となった。枯葉剤やナパーム弾といった、解決策と呼ぶべきでない悲惨な作戦は歴史に黒い染みを残した。


 地の利を得たエルフと持ち前の弓術を生かした、高所からの狙撃は陸軍中心の帝国軍にとって大きな障壁となる。

 まともな飛び道具が、射程の短い魔法と、木の上を狙えるほど大きな取り回しの悪い弓では地上からの突破は困難だ。


 と言うのも、エルフの森と呼ばれる由来でもあるが、そこには信じられないほど大きな木が並んでいるという話だ。彼らはその木に家を建て住んでいる。


「彼らはただ自分たちの住処を守ろうとしているだけだ!……エルフが我々に何をした!」


「レオッ!俺たちはソイツ等を殺しに行くんだッ!今だけは中途半端な同情は辞めろッ!」


「……クソ!」


 漫画やアニメの主人公が羨ましい。


 姿かたちが自分と違えば全て敵だと虐殺することを厭わないのだから。

 正義のためだと言い訳すれば、人間を殺すことになんの躊躇いもないのだから。

 自分たちの住処や大切な人を守るためではない。誰かに与えられた使命とやらのために、他者の命を簡単に奪える。


「どいつもこいつもクソッタレだな!!!」


 私は腹の底から叫んだ。


「レオ様っ!兵士に聞こえたら士気に関わりますっ!抑えてくださいっ!」


「うるさい!……馬の駆ける音と鎧が擦れる金属音で聞こえるはずあるまい!……今だけ好きにさせろ!」


 どこに行くにも護衛の兵士がついてまわる。身分が高れりゃ自由に生きられると思ったら大間違いだ。

 弱音を吐くことすら周囲に気を配らなければ満足にできない。


「歳三!……私はもう無理だ!……もう全部やってくれないか!?」


 私がそう怒鳴りつけても、歳三はこちらを見ることもせず、ゆっくりと口を開いた。


「それでもいいぜ……。レオがそう望むならな。……俺にそう命令すればきっとやるさ。……それでいいならな」


 ギリギリ聞こえるか聞こえないかの落ち着いた口調で、歳三はそう呟いた。


「……私がやる!……手を貸せ!」


「当たり前だぜッ!」


 私が私自身を見失う訳にはいかない。


 私は手網を握る手に力を込めた。

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