92話 秘策

 季節は巡り、大陸にも春が訪れた。

 薄らと地面を覆っていた雪はすぐに解け、ファリアを潤す清流へと変わった。


「──さてと、それでは今期の目標はこのぐらいかな」


 今日は年度始めの会議を行っていた。


 今まではダラダラと現状維持の政治をしていたようだが、それはあまりに非効率的である。

 前年度との成長率を比較したり、改善点を挙げたりと、期間を定めて記録を付ける価値は大きい。


「それでは財務にこちらの資料をよろしくお願いします」


「は!丞相殿!」


 人材の確保と明確な役職の割り振りも済み、円滑な組織運営が行われている。


「そんじゃレオ、この後は兵士たちへの激励を頼むぜ」


「ああ、すぐに行こう。……その後はシズネさんの塾に顔を出して、ヘクセルの研究室にも進捗を聞きに行こう」


「大忙しだな」


「なに、前職よりは楽しんでるさ」


「……?」


「こっちの話だ」




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 鉱山開発もそこそこに、このファリアは農業都市として本格的な活動を始める季節だ。その辺の調整もプロである孔明に任せている。


 見回りの結果、私は改めて確かな成長を噛み締める結果となった。




 軍備について。

 弓兵の約八割の装備を弩と連弩に。残りの二割は使い分けとして、特に弓を得意とする兵士をそのまま新式の弓を与えるに留めた。


 歩兵たちは歳三の厳しい指導の元、洗礼された剣技を身に付けている。父は以前模擬戦を望んでいたが、名高いウィルフリード陸軍とて鬼の副長直伝の兵士と正面からぶつかればタダでは済まないだろう。


 ……騎兵は私が率いる事になっているが、正直まだ馬は上手く乗れていると断言できない。


 風魔法や爆裂魔法が戦場で多用されるこの世界では、槍はあまり強くない。

 逆に言えば魔法兵が戦場の要となる。


 だが私は魔法はさっぱりであるように、戦場で戦えるほどの魔法は誰しもが使えるわけではない。

 宮廷魔導師とまではいかなくとも、魔導師の登用と教育も必須である。




 教育について。

 やはりこちらは長期戦となる。第一に農民たちは学習への関心が薄い。それは彼らの生き方そのものにその必要がないからだ。

 とはいえ、いずれ彼らが主体的に民衆による民衆の為の政治を行う為には地道な努力を要する。


 それでも子どもたちが楽しそうに学んでいる姿は、いずれ大人も惹き付けることになるだろう。


『邑に不学の戸なく、家に不学の人なからしめん事を期す』


 目指すは文明開化と言ったところか。




 研究・開発について。

 鉱山によって得た利益を資金提供すると、ヘクセルは中程度の魔石や純度の高い魔力水とやらを買い集め、魔道具開発が進展を見せた。

 魔石を利用した通信機器は、遂に家と家の間を越えて通話する事が可能になった。障害物を越えて声を届けることができるようになったというのは歴史的快挙であろう。

 もちろん、この事は最高機密である。


 ミラはその多彩な属性を操る特技を活かし、兵器開発を得意とする事が分かった。私とそう歳の変わらない少女が兵器開発のプロフェッショナルとは、意外なことこの上ないが……。


 ヘクセルが開発し、ミラが完成させた手榴弾は、『試製一号 魔石手榴弾』と私が勝手に名付けた。火薬と魔石の調節が上手くいっておらず非常に不安定な為、制式採用には至っていないがいずれは軍にも配備をしようと画策している。

 これなら魔法が使えなくとも、補助的な役割として兵士に持たせれば効果が挙げられるだろう。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 そんなこんなで一見順調に見えたファリアであったが、人生とやらはそう甘くない。


「──で?具体的にどのぐらいまずい状況なんだ?」


「は、はい。……以前今期の目標策定の会議を行ったのがもう二十日前です。……この間一日も雨が降っておりません。このままでは今年の農作物に影響も必至でしょう……」


「そ、そんなにか……」


 私自身も妙に雨が少ないとは聞いていた。が、実際どれ程深刻なのかは分かっていなかった。

 水魔法が使えれば多少の乾きは誤魔化せるらしい。しかし、ここまで晴れの日が続けば流石に干ばつと呼ばれるのだとか。


 孔明がしきりに空を見上げていたのにはそのような理由があったのかもしれない。


 農業に親しみがなく、他の事項に忙殺されていた私はここ最近事務作業で部屋に籠りがちで、そこまで気にかける余裕もなかった。

 農業担当の文官に連れられ街の外側まで行くと、ファリアを抱くように流れていた川は干上がり、作物は力なく頭(こうべ)を垂れていた。





「──レオ、少し良いですか?」


 私が文官といくらかの護衛を連れ外に出かけたのを聞きつけたのか、どこからともなく彼は現れた。


「ああ。……どうした孔明?」


 孔明は凛とした細い目を更に細め、いつもより神妙な面持ちだった。


「いくら多少の宝物を売り払い納税の目標を達成したとしても、民が飢えては意味がありません」


「その通りだ。結果としてその資金は陛下ではなく、食料を買い集めることに使わざるを得ない」


「はい。それに宝物は今年限り。来年以降の目処を立てる為にも、今年から余裕のある農業生産高を達成すべきでしょう」


「ああ。……どうした?いつになく慎重で回りくどいな」


 私の言葉に、孔明はらしくもなく苦い顔を羽扇の横に覗かせた。


「……あまり良い方法ではありません。これは天命に逆らう行為でもあります。天と地を……、うぅむ…………」


「……それが例の“秘策“とやらの正体なのか?」


「はい。出来れば内に秘めたままでいたい策です……」


「とりあえず、その秘策の具体的な内容を教えてくれ」


 私のその言葉待っていたかのように、私がそう命令を発した瞬間孔明は鋭い視線を私に向けた。


「天候を、操りましょう」


「……なるほどな」


 今更驚くこともなかった。私の能力を分析したあの時、孔明自信が自分の能力について曖昧な言い方をしたのはそういう意味なのだろう。


 濃霧に紛れた奇襲、火計に合わせて都合よく吹く突風。

 どれも孔明の経験則からくる天気予報に過ぎない。

 しかし、後の作品ではそれらは孔明の神格生を生み出す為に、呪術的な側面で脚色された。


 それらが、この世界では魔法の一種として使えたとしても何らおかしいことはない。


「天候操作自体は魔法として存在しています。し、しかし、それは賢者級の大魔法に……!」


 兵士の一人が大袈裟な身振りと共にそう言う。


「……やりますか?レオ」


「…………やれ」


 私は科学者ではないので天候操作による環境への影響は分からない。ただ、雨乞いと同じ程度だと思い込めばなんてことはない、……はずだ。




「それでは失礼します……。『好雨招来(こううしょうらい)』!」


 孔明がそう唱え、羽扇を天高く掲げた。


 春に似合わない冷たい風が私の頬をゆるりと撫でた。

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