78話 旅の終わりと

 ゆっくり遠くからウィルフリードを俯瞰するのは初めてかもしれない。

 改めてだんだん近づくウィルフリードの姿を見ると、この大きな街を領主として治める父の凄さを実感する。


 ファリアとの戦場に立ち、戦士として。旅での様々な立場の人と関わって、貴族として。そして自分が領主となって、ウィルフリード領主として、自分などはこの男に全然敵わないと、強い憧れを抱いた。


 馬車は東門の前で止まった。跳ね橋はきちんと修理され、街と堀の外を結んでいる。


「俺だ!門を開けよ!」


「ウルツ様……!お戻りになられたのですね!───は!」


 父は馬車を降り、門番の肩に手を乗せた。

 彼はもう一人の兵士と一緒に門を押し開ける。どうやら門の開閉機構は修理がまだらしい。


「さて、このままでは格好がつかんな。レオ!自分一人で馬に乗って見せろ!」


 父は入ってすぐの小さな守衛小屋から馬を二頭引き連れ、黒い馬に飛び乗った。


「は、はい!」


 私もすぐにもう一頭の白い馬に跨る。


 そうして私は父と並んで後続の馬車を先導する。

 それは父が自分の横に立つべき人間だと、私を認めてくれたのだと思った。馬車での不安な表情も、全てお見通しだったのだろうか。


 特に事前に私たちが今日帰ると連絡していた訳ではない。だから迎えの兵士が詰めかけていたり、ファンファーレが鳴り響くこともない。

 しかし、父と、そして私の姿を見た領民たちは皆歓声を上げ、私たちの帰還を喜んだ。




 やがて街の中心着く頃には、騒ぎを聞きつけた兵士が駆け巡り、兵舎に差し掛かると、整然と全兵士が隊列を組んでいるのが見えた。


「アルガー!俺はルイースに顔を見せなければなるまい!兵たちのことは頼んだぞ!」


「了解です。……私も早く帰って妻の顔を見たいのですがねぇ…………」


 私たちは兵舎の前を通り過ぎ、最後尾のアルガーたちの乗る馬車は兵舎へと入って行った。

 ……ついでにあっちに乗っていた歳三と孔明まで連れてかれてしまったが。




 兵舎を過ぎればすぐに屋敷が見えてくる。

 そう、遂に、帰ってきた。我が家に!


 門から屋敷の玄関までの道には、家中のマリエッタを含む女中と下男たちがずらりと並んでいた。


「……お帰りなさいませウルツ様」


 そして、一番奥に佇む女性。


「ルイース!」

「母上!」


 私たちは馬を飛び降り、母の元へ駆け寄る。


「おかえりなさい……!」


 母はそう言い、私たちをを抱きしめた。


「話さなければならないことが沢山ある!さあ入ろう!……お前たちもな!」


 父は両腕に母と私を抱き抱え、屋敷に入ろうとする。


「あ……、ええと……、僕たちはどうすればいいかな?あはは……」


「……説明すべきことは山積みだな」


 本当はすぐにでもベットに潜り込み長旅の疲れを癒したいところだったが、まずは会議室へ向かった。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「───そう!凄いじゃない!……でも、そうなると、寂しくなるわね」


 母は私の頭を優しく撫でながらそう言う。心なしか目が潤んでいるように見えた。

 母はファリアの領有を示す権利書に書かれた私の名前を指先でなぞった。


「大丈夫、レオならきっとできるわ!でも、本当にどうしようもなくなった時は、いつでも帰ってきていいんだからね」


「はい……!」


 馬を一日走らせた先にこんなにも頼りになる人がいる。それだけで私の心はいくらか救われた。


「───それで、そちらのお二人のこと、ちょっと『鑑定みて』もいいかしら?」


「ふわぁぁ……、い、痛いのは勘弁して貰いたいね……」


「そんなことしないわよ!さあ、こちらにいらっしゃい」


 母はヘクセルとミラを怖がらせないように笑って見せて、自分の前の席に移動させた。


「それじゃあ、ちょっと失礼するわね……『慧眼けいがん』」


 本当はスキルの名前など言わなくてもいいのだが、形式的に唱えるのも母の配慮なのだろうか。

 しかしその目は真剣そのもので、目の奥が魔力の高まりで光っているように見えた。母上かっこいい。


「……ヘクセルさん、その全身を包む異常な魔力量……。それにこの黄色い光……。あなたは強化魔法、いいえ、幻影魔法が使えるのかしら?」


「ふわぁぁ、僕の幻影魔法を見破られたのは初めてだよ!」


 母曰く、その人の使える魔法の属性が色で分かるらしい。幻影魔法は光の魔法だから黄色という訳だ。


「そしてミラちゃんはとてもカラフルで美しい色をしているわ……!こんなの初めて見たわ!」


「え、あっ!それは!」


 ミラは焦りの表情を見せた。使える属性がバレたらまずいことでもあるのだろうか。


 ……ん?カラフルってことは何属性も使えると言うことか?


「加えてその可愛らしい喋り方、ミラちゃんはアキード出身なのかしら?」


「は、はい……。うちはアキード協商連合の小さな一国、ネイゴンの出身です……」


 ほう、この世界で関西風の訛りを話すのはアキードらしい。流石にイントネーションのことまでは地理の本にも書いてないので知りようがなかった。

 これは少し使えそうな情報だ。


 とすると、私が初めて会ったアキードの人間はミラということになるのか。


「へ、変ですよね……。戦いから逃げた民族であるアキードの人間が魔法使い、しかも珍しい多属性使いなんて……」


「あっ、えっ!み、ミラはね!別に帝国にスパイとか!そんなんじゃないんだ!アキードの方では魔法を習うところがないから、僕の所までわざわざ!だからね……!」


「そんなこと疑ってないわ!敵意がある魔力は黒く蠢いて見えるの。でもミラちゃんの魔力は透き通った美しい色をしている。きっと良い魔導師になれるわ」


「あ、ありがとうございます……」


 これにはミラも恥ずかしそうに手をギュッと握って俯いた。


「まぁ、今はその特技を使って僕の開発した新しい魔導具に魔力を込めて貰ってるんだけどね……。僕は幻影魔法以外の魔法が使えないから……」


 それでも、何だかんだこの二人はいいペアだ。


「ファリアに行った後はお二人の為に研究室を用意するつもりです。魔石も余裕のある限り買い求めましょう」


「あ、その、魔石についてなんだけど……」


「はい?」


「君の、その腕輪に使われている魔石は何処で手に入れたのかな……?」


 ヘクセルは私の腕輪に飾られた魔石に触れる。すると、普段は暗い蒼をしている魔石が微かに光った。


「これは私がレオの十歳の誕生日にプレゼントしたのよ。確か……、金貨二十五枚と銀貨三枚で行商人から買ったわ」


 金額を計算したくない程の値段だ。高い買い物だからか、しっかり金額を把握している母も流石だ。

 伊達に都市運営を主導していない。


「す、凄いね……。こんなのがあれば何でも出来そうだよ……」


 実際、魔力が集まれば、私のスキルと合わせて歳三や孔明といった、時空を超えた世界から人物を召喚できる。

 ある意味何でもありだ。





「お取り込み中失礼します。ヘクセル様とミラ様の客室のご用意が出来ました」


「そ、それじゃあ案内お願いしようかな……。こんなに広いと迷子になっちゃいそうだからね……」


「あっ!お師匠様!……うちもこれで失礼しますっ!」


 そう言い残し、ヘクセルとミラは逃げるようにマリエッタについて行った。

 どうやら会話が苦手なヘクセルは、母との面接が相当こたえたようだ。


 今日はとりあえず、顔合わせができたと言うだけで上出来だろう。

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