77話 ただいま!

「あ、えっと、その……。ぼ、僕はヘクセルと言う人間です」


「ははは!面白いな!もちろん知っているぞ!魔導具開発で右に出るものはいないと有名な方ではないか!」


「わ、悪い噂ばかりで、ないようで安心したよ……です」


 ヘクセルは馬車の中でもずっとフードを被ったままで、父に目も合わせずに話している。

 このウィルフリードへの帰路の旅を機に、少しは打ち解けれるといいのだが。


「うちはミラって言います!お師匠様とはもう何年もの付き合いになります。ふつつかものですが、お願いします……!」


「はは!嫁にでも来たのかな……?」


「ふわぁぁぁ!ミラがいなくなったら僕はどうすればいいんだい!?」


「あっ、えっと!そ、そういう訳じゃ……!」


 ……これは楽しい数日になりそうだと思った。




「ヘクセルさんは魔法の使えない魔女と聞いていますが、本当ですか?」


 時間はたっぷりある。今更だが、面接紛いのことでもしておこうと思った。


「ぼ、僕が魔女……?面白いことを言う人もいたもんだねぇ……」


 ん?これは男性説に傾いたな。


「ヘクセル様は魔法を使えないんじゃないんですよ!」


「そうなのですか?」


「お師匠様は幻影魔法の一流の使い手です!」


 聞いた事のない単語が出てきた。


「すみません、私は魔法が使えないもので、その分野には疎いのです。して、幻影魔法とは?」


「まあ、見てもらった方が早いよ。……変幻イルジオン!」


 その瞬間、ヘクセルの姿が年老いた髭面の男性に変わった。


「お、おぉ……!」


「この距離でも見破れんとは見事な技術力だ。アルドにも是非指導してやって欲しいな」


 そういえば、アルドも幻影魔法を使えると言っていたような気がした。ファリアの包囲を突破するために幻影魔法で姿を隠して───と。


 それは変装にも応用が効く魔法だったのか。


「そ、そうかなっ!じゃあ、こんなのもできるよ!」


 今度はトロンとした目にふっくらとした唇。いやに飛び出た胸と腰つき。それは夜の街で見かける踊り子のような女性だった。


 これには私も唾をゴクリと飲み込む。


「な、なかなかだな……」


 父がまじまじとヘクセルを見つめるので、脇腹を肘で小突いてやった。


「ヘクセル様はあまりに変幻魔法が上手すぎて、魔法を使っていないと思われていたんですかね?」


「れ、レオ様の名推理が炸裂だねぇ」


 この姿になっても中身はヘクセルなので、そのちぐはぐさに笑いを堪えてなかった。


「実はうちも、お師匠様の本当の顔は知らないんです……」


「う、うん。なんか、さ、ここまで隠せるなら、むしろ素顔を見せるのが恥ずかしくなっちゃってね……。変幻・解!」


 ヘクセルの顔が元に戻る。いや、心なしか最初より少し男性っぽく感じた。「魔女」と世間で呼ばれていることを気にしているのだろうか。


 どっちにしろ、ヘクセルが望んでこの中性的な雰囲気を作り出しているのだから、それを私たちが暴くのは道理に反する。

 ヘクセルはヘクセルとして受け入れるべきだ。

 我がウィルフリード、ファリアでは多様性も大切にしていこう。


 馬車は皇都を背に、ウィルフリードへ向かう。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 泊まる先々でヘクセルとミラは慌てふためいていた。

 と言うのも、出される料理、泊まる部屋、兵士や街の人々からの丁寧な扱い。そのどれもが一般人からしたら経験することのないようなものだろう。


 初めは父とまともに話せなかった二人だが、ミラは比較的普通の世間話程度はできるようになった。

 彼女は元からはつらつな性格で、誰とでもすぐに仲良くなれそうな人柄である。


 なお、ヘクセルは相変わらずだ。




 そんなこんなで数日間の道程を経て、最後の街リーンに着いた。リーンを出て森を越えれば我らが愛しのウィルフリードである。


「ハァーイ!今度はお出迎えにこれたわよウルツ!」


「わざわざすまんな!」


「いいのよ!って、アンタ女を買って帰ってきたの!?」


 新登場のザスクリアに、ヘクセルとミラは肩を抱き合い震えている。恐らく彼女らに一番相性が悪そうなタイプだ。


「ち、違いますよザスクリアさん……」


「ははは!一度落ち着いて話そうか!我が息子の自慢話が増えたのだ!」


「ふぅーん?聞かせて貰おうかしら!」


 武闘系の父とザスクリア、魔法系のヘクセルとミラ。本拠地はウィルフリード、リーン、皇都と、何もかも違う、本来交わるはずもないこの人たちがここに集まった。




 ザスクリアは前回訪れた別れ際に、次はちゃんとしたもてなしをする、と言ったことを忘れていなかった。

 私の領主就任と父の勲章を祝う、などと称して夜には宴会を開くことになった。


「へー!レオ君が領主ねぇ!十歳の子どもが領主なんて聞いたこともないわ!」


「そうだろうそうだろう!」


 父はニコニコしながらグラスを飲み干した。父は酒が入ると饒舌になる。

 幸か不幸かアルガーはリーンの軍部へお勤めに行ったため、父を咎める人間はいない。


「ってことはアタシの同僚になるのかしら!?これら平均年齢がまずいことになりそうね……」


「俺には十分若く見えるがなァ?」


「お上手ね黒服の若旦那!」


 年末に親戚が集まったような、この飲み会の感じは意外と好きだ。


 孔明はあまりお酒は強くないので、すぐに頬を赤く染め、羽扇で顔を覆いながらうとうと船を漕いでいる。


 ヘクセルとミラは端の方の席で肩を寄せ合いながら、こっそり料理をつまんでみたりしていた。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 楽しい時間がいつまでも続くことはない。

 今日の朝、これからまだ日も登らないうちにここリーンを発つ。


 考えてみれば、これでウィルフリードから皇都への長い旅の最後の日になるのだ。


 もうご馳走にありつけないと考えると残念だ。特に孔明。


 されとてファリアは農作物の名産地。きっとあっちではまた違った楽しみもあるはずさ。

 そう自分に言い聞かせる。


「じゃあねウルツ!」


「お前も元気でな!」


 父はザスクリアと強く握手を交わした。

 戦友が会うべきは戦場。このように顔を合わせるのも最後かもしれないのだ。


「レオ君も、頑張りなね!」


「ありがとうございます!」


「よし!行ってこい!」


 ザスクリアは笑顔で私の背中を叩き、送り出す。

 それはまるで彼女の勇気や実直さを分けて貰ったように感じた。


「行きましょうウルツ様」


「アルガーも適度に息を抜いて、肩肘張らずにね!」


「痛み入ります」


 アルガーは胸に拳を当て敬礼をする。


 各々が別れを告げ、このリーンの街を去った。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 行きは盗賊に襲われるハプニングもあった。だが幸いにも彼らは、運悪く帝国最強の人物と出くわし、無事に討伐され生首と化したのでもう現れることもなかった。


 来た時は燃えるように赤い紅葉が見られたこの森も、すっかり葉を落とし寂しげな雰囲気が漂う。

 しかし、そのおかげか見通しは良くなっている。


 そうして見えてきた、皇都には劣るがそれでも立派な城壁。

 私たちは帰ってきたのだ。


「ヘクセルさん、ミラさん!あれが我が街、ウィルフリードです!」

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