74話 神仙之術

「だ、大丈夫ですか!?」


 私は咄嗟にミラの肩を抱き伏せさせていた。

 歳三は私たちと衝撃の方向の間に入り、自らを壁として守ってくれている。

 孔明は離れた入口付近で立ち尽くしていたのが功を奏し、爆風で髪が乱れた程度の被害のようだ。


「うちは大丈夫です……。ってお師匠様の部屋が!」


 ミラの見つめる先には、弾け飛んだ扉と大きな穴を開けた壁。それらの隙間から黒い煙が上がっていた。


 火事かとも思ったが、それならあんな爆発はしない。

 それなら魔石の魔力が暴走して爆ぜたのかとも思ったが、今度はあの煙の説明がつかない。


 心臓は唸りを上げ、衝撃で耳鳴りも酷いがなんとか状況を整理しようとしていたその時、とある事に気がついた。


「ん……?この匂い、どこかで……」


「えっ!うちそんな匂いますか!?」


 ミラの甘くて爽やかな匂いと木の焦げる匂いに混ざって、以前どこかで嗅いだことのある匂いがする。不快ではないが、特徴的な鼻に残るような匂い。


 どこだ、思い出せ……。



 ………………そうだ、あれは、夏の日だ。



 ────!思い出したぞ……。とある一夏の苦い思い出と共に……。



「……歳三。お前なら知ってるんじゃないか?この匂いを」


「あァ勿論だ。嫌というほどな……」


 そう、それはあの人と行った夏祭り。思い破れ涙を飲んだ忘れもしないあの花火。つまり……


「「火薬だ!」」




 もし本当に火薬が暴発したならヘクセルの身が危ぶまれる。

 一刻も早く、彼?彼女?の手当を行わなければ!


「な、何があったんですか!?」


 ケイルも形相を変えて飛び込んできた。


「想定外の事故が起こった!あの奥に怪我人がいるかもしれない!いや、まずはケイルは井戸から水を汲んできてくれ!」


「井戸なら庭にあります!」


 ミラは外へ繋がる扉を指さした。

 ケイルはそれを見ると大きく頷き走り出す。


「わ、分かりました……!」


 私が訪問した先で火事が起こり、皇都で火の手が広がったなどとなれば、アルガーは心労で胃に穴があいてしまう。


 私が慌ててヘクセルの部屋へ行こうとすると、歳三が私の腕を強く握り制止した。


「俺が行く。レオたちはここで待ってろ。まだ火薬が残っていたらこの火に炙られてまた引火するかもしれねェ」


「気をつけてくれ」


「おうよ」


 幸いにも壁や扉が燻くすぶってる程度で大きな火は上がっていない。


 歳三はボロボロになって残された扉の枠を蹴破りヘクセルの部屋へ突入した。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 程なくして歳三は焦げ付いた服に身を包む人間を抱えて出てきた。

 歳三の頭には煤が被っていたが、本人はなんともないようで、涼しい顔をしている。


「お、お師匠様!怪我はありませんか!?」


 すぐさまミラが駆け寄る。


「…………う、……うーん」


 どうやら意識はあるようだ。

 それに見たところ大きな外傷もない。


 と、そこにケイルがバケツいっぱいの水を運んできた。


「よし、俺らは火をなんとかするぞ!」


「はい!」


 歳三はヘクセルを床にゆっくりと置き、赤黒く光る木々の端を踏み消してまわる。

 ケイルは爆発の中心であろう、かつて机だったものに水をかけた。




 あっという間に火は消し止められ、白い煙が立ち上った。


 私とミラはその間、ヘクセルの介抱を行う。


「すぐに良くなりますからね!……回復ヒール!」


「あれ?聖職者でもないのに回復魔法……?珍しいですね」


「あっ!……えっと、その…………」


 なんにせよ彼女の特技がヘクセルを救った。


「そこにいるのはミラかい?───はは、実験は失敗だよ……」


「お怪我はありませんか?」


「ええと、君は誰かな……。いやぁ、僕はなんともないよ」


 中性的だが整った顔と判別つかない体つき。それでいて声まで特徴がないから困った。

 彼?彼女?の身が心配だが軽々しく触れる訳にもいかない。




「おいおい、野ざらしは流石に危な過ぎるぜ」


 歳三は手のひら程のすり鉢に入った黒色の粉を抱えている。

 この独特な匂いは間違いなく火薬だった。


「ふわぁぁ、随分と沢山のお客さんが来ていたみたいだね……。まいった……」


 人と話すのが苦手と言うのは本当らしく、珍妙な唸り声をあげる彼?彼女?を前に私は対応に困ってしまった。


「わ、私は憲兵にこの事を知らせてきます」


「待てケイル!」


 それはとっさの判断だった。


「ここは私がなんとかする」


「いやでも……」


「信じてくれ」


 私はケイルの瞳をじっと見つめる。


 この技術は誰にも渡してはならない。少なくとも帝国の手にだけは。帝国がこの火薬の存在を知れば、間違いなく戦争はさらに過酷を極めるだろう。

 そして王国の手に渡れば、最悪の結末、そう、「世界大戦」を招くに違いない。


 その実、単に私のみが火薬の有用性を理解し、独占したいだけかもしれない。だが、少なくともそういう建前は存在していた。


「わ、分かりました……」


 ケイルは渋々私の願いを聞き遂げてくれた。


「君は随分と強引なんだね……。それで僕をどうするつもりだい?」


 ヘクセルは辛そうに薄く目を開けて私を見る。

 私の不自然な言動を訝しむミラの視線が痛かった。

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