73話 魔女ヘクセル
「お待ちしておりました!」
武具屋を出るとすぐ前にケイルがニコニコしながら馬車を停めていてくれた。
「次は魔導具なるものを作っているお方へ会いに向かいましょう!」
どうやら孔明は無骨な鉄の武器よりも、斬新な魔導具という新兵器に興味があったようだ。
逆に魔力がなく魔導具の使えない歳三は、自分の仕事は終わったとばかりの満足した表情で何も言わず私についてくるだけだ。
「えーっと、……あまりオススメしませんが、本当に行きますか?」
「ええ!早く!」
「そういう訳だ。頼んだよケイル」
「わ、分かりました……」
あまり乗り気ではないらしいが、彼は馬車を進めてくれた。
「それで、何故彼女は周囲から忌み嫌われているのでしょうか?こうやって人々の助けとなる魔導具を開発しているのでしょう?」
孔明の疑問も当然だ。
発明家というのはしばしば人の生活を大きく変えたとして英雄視される事もある。ただ、ノーベルのようにある発明品が沢山の人を殺すために用いられた場合はその限りではないが……。
「確かに、彼女?彼?の成した偉業は凄いと私も思いますが……、その……、人としてどうなんでしょう」
ケイルは奇妙な口ぶりで話す。
「ザーク氏はいかにもな頑固職人ですが、与えられた仕事はキチンとこなす方です。それに対してヘクセルは……」
「ヘクセル」というのがその人物の名前らしい。
いずれにせよ本人と直接会ってみないことには分からない。
歴史に名を残す人間は変わり者が多いのも事実だ。だからこそ埋もれず後世にまで語り継がれるのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「私は止めましたからね……」
今回はケイルの街案内もあまりふるわず、皇都の中でもかなり端の地区までやってきた。
ここは廃墟となっている家も多く、街の中心から見れば廃れた印象を抱かざるを得なかった。
スラムとまでは言わないが、裏路地を駆けるネズミを見るとその異様な雰囲気が伝わってくる。
そうして馬車は一軒の小さな屋敷の前に止まった。
「早く早く!」
発明家の女性?というのもあるのだろうか。孔明だけがこの中で一番元気だ。
孔明の妻である黄こう夫人。黄月英こうげつえいという名前で知られる彼女もまた発明家であった。
金髪で色黒という、当時の中国に置ける美的感覚から離れていた容貌から、不美人との結婚を「孔明の嫁選び」などと言われる始末であった。しかし彼女の才知は孔明に劣らず、夫である彼をよく助けたともいう。
「お、お邪魔しまーす……」
私が扉を開けるとそこには、大きな鍋で煮立つ紫の液体をかき混ぜる皺だらけの魔女!
などはおらず、想像よりも小綺麗な室内が広がっていた。
「すみませーん!誰かいませんかー!」
私が声を張り上げるが、その声は虚しく屋敷の中を反響するだけだった。
「ううむ……、仕方ありませんね。また明日、ここを発つ前に訪れるしか……」
これには孔明も諦め、三顧の礼よろしく再び日を改めるしかないと思っていたその時だった。
「───はーーい!」
奥から一人の女性が現れた。
肩ほどの長さの暗い茶髪と翠色の目。控えめな胸に細く白い手足。その薄いボディラインを包み隠すような黒いマントのような服。
このような場所は危ないと感じてしまうような、いたいけな少女だった。
「突然の訪問お許しください。私どもはヘクセル様にお会いするためにウィルフリードの街よりやって参りました。是非その叡智が織り成す魔導具を拝見したく存じます……」
孔明はささやかな嘘を混じえながら、いつものように顔の前で手を組み頭を下げ、彼女に対し礼を示した。
突然の訪問に、というより、妙に物腰の丁寧な異装の男に困惑を隠せていなかった。
「えっと、うちはヘクセル様ではありません……」
「なんですと!」
「うちはヘクセル様の弟子をさせてもらってるミラっていいます。よろしゅうお願いします」
この世界では聞き慣れない関西弁のイントネーションでそう言うと、ミラはぺこりと頭を下げた。
「それではヘクセル様はどちらにおいででしょうか?」
「お師匠様は奥でお仕事をされてます。……その、……あまり人には会いたがらない方なので、ご容赦ください。───あ!でもお師匠様の素晴らしい新商品は沢山揃えているので、是非見てってくださいな!」
「ううむ……そうですか……」
孔明は二転三転とまた表情を曇らせた。かと言って無理やり押し入る訳にもいかない。
「孔明、せっかくだから魔導具だけでも見せてもらおう」
「仕方ありませんね……。私たち名士と呼ばれる界隈でも簡単に人前に出ないことが美徳とされていましたから……。あの司馬懿しばいも七年間に渡って曹操からの出仕を断ったのですから……」
孔明はそう自分に言い聞かせるように呟く。
「さて、この棚にあるのは全部お師匠様の新発明ですよ!どれでもお好きなのをお持ちください。値段はうちに相談してくれればええので!」
残念がる孔明とその気まずい雰囲気を変えるために、ミラは精一杯の明るい声を出した。
「これなんか凄いんですよ!真ん中に光の魔法石があって光るだけじゃなく、その周りに薄いクリスタルと磨いた金属で光を集めてるんです!」
ミラは手のひら程の筒を持って説明してくれる。
「ほら!こうやって遠くまで照らすことができるんです!」
その魔導具はさながら懐中電灯だった。
ランプしかないこの世界においてはまたワンランク上の照明器具の発明になるだろう。
もっとも、領地運営に毒された私は「これを巨大化してサーチライトにすれば防衛力の向上に……」などと考えてしまうが。
「嬢ちゃん、この変な形をした箱はなんだ?」
空気を読んで気さくに女性に話しかけれるのは歳三の良いところだ。
「……それは失敗作かもしれないんですが…………」
打って変わってミラは自信なさげに、同じ形の箱を手に取る。
「ごほん……!───あー、あー、……聞こえますか?」
彼女は箱に向かって話しかける。その珍妙な光景を、私は傍から見守る。
……何をしているんだろうか。
「聞こえるも何もこの距離なら───、…………ん?」
歳三は箱を耳に押し当てる。
「これってもしかして……」
「そうなんです!箱を通して音を届けることが出来るんですよ!不思議な魔石ですよね!……ただ、声が届く距離までが限界なのであまり意味はありませんが…………」
ミアはそのまま箱を元の位置に戻そうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!それってその魔石を強化すればもっと遠くまで音を届けることができるか!?」
「さあ、どうなんでしょう……。うちには何とも……。ただ、理論上はバカでかい魔石があればできるんかもしれんですけど……」
電話。それは遠く離れた地との高速な情報交換を容易にし、人類の発展に大きく貢献した。
実用化には至らずとも、その基礎は出来上がっているのだ。
私は感動を隠すことが出来なかった。
「孔明!これだけでもとんでもない収穫だぞ!帰ったらすぐにでも魔石の手配を───」
私がそう後ろを向いた瞬間の事だった。
「「「ドガン!!!!!」」」
「な、なんだ!?」
「うおォ!」
「なっ……!」
「キャー!」
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