47話 歓迎会

 すっかり日も傾いた頃、孔明とタリオが戻ってきた。


「ふぅ……。全く!こんなことになるなんて思いもしなかったですよ!」


 軽装の鎧を外しながら、タリオは私にそう言う。


「モンスターの肉というのは固くて臭くて食べられた物じゃないですね。流石の私も短慮軽率の謗そしりを免れなかったと反省してます」


「な、何を食ったんだ……?」


「聞いてください!ゴブリンですよ!?私は止めたのにどうしてもって言うから一匹討伐したんですよ!」


「あれは食いもんじゃないぞ……」


 孔明は聞いてるのか聞いていないのか、しきりに口をもごもごさせていた。


 私が普段口にするのは、モンスターの内でも動物に近く家畜化された魔獣の肉だ。両者には味も質感も大きく隔たりがある。


「冒険者なる人たちが美味しそうに肉に食らいついているのを道中目にしたものですから……」


「あれはワイルドボアのような野生の魔獣を狩っているんだ。それなら西の森に行けば良かったな……」


「ふむ。ですが流石の私も懲りました」


 そりゃそうだ。


「ところで、目的は果たせたか?」


「えぇ。この力は想像以上です……」


 孔明は羽扇を広げ、笑みをこぼす。余程良い魔法を手にしていたのだろう。魔法の使えないの私には羨ましい限りだ。


「確かに、あの規模の魔法を使いこなすとは、異世界の英雄とは本当に異次元ですね。土方さんの身体能力と回復力も兵士として最強格ですが、この軍師殿は一人で戦況を変えてしまうほどの大魔導師と言っても過言ではないレベルですよ……」


 タリオがそう絶賛するなら間違いないだろう。彼の目に狂いはない。


「天が私に授けたこの力……。まるで今度こそ天下を取ってみよと言わんばかりです……」


 孔明は羽扇で顔を覆う。その隙間から覗く表情は恍惚に満ちていた。





「───それでは私は失礼しますよ!口が絶望的な臭いを放つので早く歯を磨きたいです!」


「す、すまんなタリオ……。戻ってくれて構わない……」


「では!」


 タリオはずんちゃか音を立てながら屋敷を後にした。


「孔明、私たちも夕飯にしようか。…………と、その前に、マリエッタから水を貰ってくれ」


「お気遣い感謝します」




◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 夕飯前には父と母も戻ってきた。二人とも一日中外周りの仕事で、すっかり疲れきった様子だった。


「お疲れ様でした、父上、母上」


「あぁレオ。早速飯にしようか!」


「ちゃんと勉強したかしら?」


「はい。久しぶりの授業でしたがレオくんは頑張ってましたよ」


「そう、偉いわね」


 シズネのその言葉を聞き、母は私の頭をぽんぽんと撫でた。父も私の背中を叩いてくれた。だがもう待ちきれないといった様子で、そのまま私の背中を押しながら食堂まで連れていかれた。


 食堂に向かうと、既に料理が並べられていた。食欲をそそる芳醇な香りに私のお腹が大きな音を立てた。


「良かったな孔明!まともな肉が食えるぞ!」


「それは早く頂きたいですね……!」


 いつもは空席の、私の隣の席にも料理が並べられていた。マリエッタがシェフに伝えて準備させたのだろう。


 孔明が私の隣に座る。一人増えた食卓はいつもより賑やかに思えた。


「それじゃあ食べよう!」


「いただきます!」


 孔明は慣れない手つきでナイフとフォークを使い肉を切り分ける。そしてそのボソボソになった肉を口まで運んだ。


「───んん!!!これは美味しい!」


 孔明は満面の笑みで私の方を見た。


「そうか!それはうちのシェフも喜ぶ!」


「味付けや調理法はレオのアイディアもあるのよ」


「これはまさに炊金饌玉すいきんせんぎょくですね!レオの多才さにはこれからも楽しみです」


 相変わらず使う言葉が難しいが、料理を褒めていることは分かった。


「見たことの無い食材や料理も多いだろうが、味は私が保証する。遠慮しないでどんどん食べてくれ!」


 私の一言に軽く頷き、次はサラダ、次はスープと次々に口に運ぶ。その所作は慣れてないにもかかわらず、一つ一つが美しく優雅に見えた。それは改めて孔明の以前の地位の高さを自然と感じられた。


「はは!軍師殿の舌にあって良かった!改めてこれからもウィルフリード家をよろしく頼む」


「えぇ。一飯之恩に報いるだけの働きをお約束致します」


 父の言葉に、孔明は袖の下で手を組みお辞儀をした。どこかぎこちなさのあった父にも受け入れてもらえて何よりだ。


「それでは腕試し!と、言いたいところだが、軍師殿は戦闘がメインではないからなぁ」


「そうですね、その体躯から繰り出される剣戟を受ければ私はまた黄泉送りでしょうね」


「それは困るな!」


 食堂に笑い声が響いた。


「同じ力試しなら、まずは私からその力を借りてみたいわ」


「ほう、奥様も武芸を嗜まれるのですか?だとしても私の力では……」


「いいえ。私がお願いしたいのは政治の面についてよ。あなたは国の二番目として君主を支えたと聞いているわ。是非その手腕を戦いに荒れたウィルフリード再興のために奮って欲しいの」


 すっかり目の前に広がっていた料理を平らげた孔明は、羽扇を取り出し母の話を興味深そうに聞いている。


「レオからこの前の戦いについては聞きました。それについては既に策がいくつか奉じられるでしょう。明日からでも仔細、私にお任せ下さい」


「それは頼もしいわ!」


 かくして、孔明の歓迎会を兼ねた晩餐会は良い雰囲気で終えたのだった。

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