46話 シズネ先生の勉強会

 せめて昼ぐらい食べていけばいいのにと思いつつ、孔明の後ろ姿を見送った。きっと引き止めても無駄だろう。


 外には魔物もいると伝えたが、かえって孔明の好奇心を煽るだけだった。それでも、何をしでかすか分からない上に、孔明に攻撃手段がなければゴブリン程度の低級モンスターにすらやられてしまいそうなので、一人の兵士を付けさせた。


 孔明は鬱陶しそうにしていたが、まだ街すら迷いかねない彼に案内役は必要だ。


 もちろんその兵士とは……


「分かりました!このタリオが責任持って英雄軍師様をご案内いたします!」


「お目付け役頼んだぞタリオ」


 なんてたってまだ孔明のことを測りきれていない。信頼していないという訳ではないが、天才の考えに私の頭が追いつかないこともあるだろう。


「馬には乗れますか?」


「昔は乗ったこともありました。ですが最期の頃になると車で移動することがほとんどだったので、恐らく今はもう乗れないでしょう」


 孔明は病を押して戦場に出ていた。その際に乗っていたのが四輪車と呼ばれる車椅子だ。この車椅子こそ「死せる孔明生ける仲達を走らす」の時に使われたものである。


 孔明は戦中にて、死後この車椅子に人形を乗せ、戦場に出すようにと命じた。これを見たライバル司馬懿は、「死んだという孔明は実は生きていて、罠を仕掛けられたのだ」と思い手出しできなかった。これにより蜀軍は無事に撤退することができた。


「ではすぐに馬車を用意しますね!」


「分かりました。暫し待ちましょう」


 待ちましょうなどと言いつつも、孔明は何やら考え事をしながらウロウロと屋敷を歩き回っていた。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 孔明とタリオを見送った後、私はシズネと二人で昼食を食べていた。父は歳三と兵舎で被害の確認、母は破壊された外壁や街への視察に赴いているためだ。


「レオくん。午後からはまた授業を再開しようと思ってるんだけど、準備は出来てるかな?」


「はい。またシズネさんから勉強を教えて貰えて嬉しいです」


 本当にその通りだ。教育なり芸術なりは、平和な世の中でこそ味わえる特権だ。それらが実は特別なものであることを、この戦いを通して学んだ。


「勉強好きな子どもは将来有望だね!」


 更にこの戦いで得たものがある。それは領民やウィルフリード家の人々との絆だ。


 命を懸け、それぞれの分野で共に戦った私たちは、それ以前とは全く別物の強い絆で結ばれることとなった。人間というのはこうして手を取り合って長い歴史を紡いできたのだと実感した。


 事実、シズネの表情や話し方も随分と砕けてきたように感じた。


「今日はどんな勉強をするのでしょうか」


 私はナイフで魚を切り分けながらそう言う。ここ最近は食材の流通も回復してきた。


「そうだね、今日は地政学をやろうと思うよ。ちょっと難しいけど、レオくんならできる!」


 それはシズネなりの考えあってだろうと、容易に推測できた。荒れた田畑のためか。それとも地形を活かした戦術のためか。


 いずれにせよ、今までのような教養を身につける授業から発展した内容であることは分かった。


 つくづくシズネの知識の守備範囲の広さには驚かせられる。学者気質の妖狐族と孔明は気が合いそうだと思った。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「───つまりこのアリンタール大陸各地で採れる鉱物の種類がはっきり異なる訳ですね」


「そう。だから私たちは手を取り合って限られた資源を交換しながら生きていかなければならないんだよ」


 この鉱物が、そのままその国の歴史や性質に関係しているから面白い。


 例えば大陸の南の方では、主に宝石や金などの希少で高価なものが多く取れる。アキード協商連合もそうした商品のやり取りで商業が発展したのだろう。


 対する我がプロメリア帝国は鉄や鋼、石炭がよく取れる。これはそのまま武器の材料となり、帝国が帝国たる所以ゆえんであると言える。


「ちなみにシズネさんたち亜人の国ではどんな鉱物が産出するのですか?」


「東の方は有用な資源が取れないから人間たちが住み着かなかった。だから私たち亜人が暮らせるんだよ。あそこの森が天然の要塞として守ってくれている」


 確かに、エルフが主に管理する巨大樹の大森林は軍隊の侵攻すら阻めるだろう。





「……でも、今は帝国の動きも怪しくなってきたね…………」


 王国という宿敵と休戦し、今回の遠征で魔王の脅威も衰えたと分かった帝国が次に矛先を向けるのは亜人・獣人の国だろう。


「……なんかすみません」


「いや、レオくんは何も悪くないよ。いつだって間違えるのは大人たちだから……」


 その目は目は悲哀に満ちていた。


 それは一人の大人としての謝罪か。それとも自分の過去と重ね合わせているのか……。


「そ、それでもシズネさんみたいに友好的な民族もいるんですよね?流石に帝国も全てを敵にするほど馬鹿でもなく、そんな余裕もないと思うのですが……」


「そうだね。ドワーフやエルフのように職人や戦士として働いている人たちもいるね。だけどその一方では竜人族ドラゴニュートらプライドが高く人間には仕えないという考えの種族。そして人狼族は人間を襲う凶暴な種族と恐れられている……」


「その一部の種族により、亜人・獣人と人間の分断が広がっているのですか……」


 人間にだって悪い奴はいる。


 ある人間が殺人を犯したとして、その家族までが悪人とは限らない。だが、その家族も同罪だと糾弾されるのも事実だ。


 人間は自分が悪でないと証明するために、必死に悪人と自分の違いを探す。それが人間関係や家族構成、趣味などに飛び火する。


「犯人はアニメオタクだった。犯人はFPSゲームをやっていた。それに影響されて犯罪に手を染めたに違いない」と。


 姿形が同じ人間同士でさえ、そんな声を以前は沢山聞いてきた。ましてや、姿形、文化も全く異なる別の種族と理解を深めるのは、困難極まりないだろう。


「───いつか帝国内で私が力を手にした時には、必ず助け出します」


「ふふ、レオくんカッコイイね」


 無論、そうならないことを願っている。




 私は、今目の前に広がっている束の間の平穏と、少し目を向けただけで押しつぶされそうな暗い未来に挟まれ、自分でもこの感情がなんなのか分からなくなっていた。

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