36話 違和感
私たちは無言で繁華街まで歩いた。
歳三は私からの突然の提案を測りかねているようで、その表情には多少の困惑も浮かんでいるようだった。
午後からも仕事がない訳では無い。それを私が突然呼び止めこうして街に出るのだから、警戒するのも無理はない。
「歳三の怪我はもう大丈夫なのか?」
少しでも気を紛らわそうと、私から話しかける。
「あァ。マリエッタのおかげで次の日から動けるようになってたしな。今じゃすっかり痛みもなんともねェよ」
「それは良かった。……だからと言ってマリエッタ頼みで無茶ばかりするなよ?彼女も心配してるぞ」
「そうだな」
歳三とマリエッタの仲も気になるところだ。しかし、そこに口を出すつもりは全くなかった。
生前、歳三には婚約者が居た。しかし、上洛の際に彼女を江戸において離れ離れになる。
結局、維新の結果歳三は帰らぬ人となり婚約者の女性も消息は不明だ。
歳三にも思うところはあるだろう。
そのような経緯もあり、私から歳三の恋愛エピソードなどを聞いたりはしないようにしている。
その後は再び沈黙が二人を包み、賑わう街の声が聞こえてくるまで無言で歩いた。
「レオ様こんにちは!ようこそいらっしゃいました!」
「こんにちは。今日もご苦労さまです」
「レオ様だ!レオ様〜!」
「やぁ、元気かい?」
街に出ると、露店を出している気のいいオヤジさんや子供たちに声をかけられる。こうして領民と触れ合うのも領主の大切な仕事のひとつだ。
何より皆笑顔で私に接してくれるのは、こちらとしても気持ちが良い。苛烈な政治を行う領地ではこうはいかないだろう。
「レオ様、本日はどのような御用がございましたか?」
私が来訪した事を聞きつけた衛兵がすぐにやってきた。
「ちょっと街で食べたくなってね」
「まだスパイと思われる人物は捕まっておりません。すぐに警備の兵を連れてきます」
戦中、屋敷に石が投げ込まれた。あの犯人はまだ捕まっていない。
もちろん、一部の以前から不満を抱いていた民の誰かがやった可能性も大いにある。しかし、軍や冒険者ギルドではファリア側のスパイであることを前提に捜査を続けていた。
「戦いは終わったし、ファリアのスパイとやらももう何もしないとは思うがな。それに歳三もいるから大丈夫だ」
「おう。騒がせてすまねェな。任務に戻って構わないぜ」
「……分かりました。それでは失礼します」
真面目そうな彼は少し不満そうな顔で去っていった。任務に忠実なのはいい事だ。
「いらっしゃいませー。……お!レオ様じゃねぇですか!それに土方の旦那まで!お久しぶりですね!」
「おう、また来たぜ」
「いつものを頼むよ」
料理屋は昼時だからか、多くの人で賑わっていた。
「それでは奥の席へどうぞ!」
カウンターの横を進んだ先にあるVIP席。元々そんなものは無かったのだが、私たちが何度も利用するうちに店主が勝手に作ってしまった。そこまでされると申し訳なく感じ、何となく来ないといけない雰囲気になる。
店主は「レオ様行きつけとなればうちの売上も伸びるんですよ!そりゃあ特別待遇もさせていただきます!」と、得意顔で言っていた。
「お水失礼しますね!すぐに料理も持ってこさせるのでお待ちください!」
「あぁ。よろしくな」
店主はせかせかと個室から出ていった。
「……それで?話ってのはなんだ?」
「それなんだが───」
「はい!お待たせしました!」
私が本題に入る前に店主が戻ってきた。手には前菜のサラダがある。もしかすると、私が街に出てきていると既にここまで広まっていて準備をしていたのかもしれない。
「……まぁ、食べてからにしようか」
「そうだな」
初めはこの毒々しい赤とピンクの謎の葉物に手をつけられないでいたが、一度口にしてみると味はキャベツと変わらないように感じた。
「これは裏の山で取れた旬のマジック・コールです!魔素を取り込み栄養に変えるこの野菜は疲れた体を癒すと言われています」
「ほんのり甘みが感じられて美味しいよ」
戦いで疲れた私たちを気遣ってくれたのかもしれない。もしくは、ただ近場で取れた旬の野菜を出しただけかもしれない。
いずれにせよ、いつもとは少し違うメニューに季節の移ろいなどを感じていた。
「スープとメインデッシュはもう少し時間がかかります。もうしばらくお待ちください」
店主は満面の営業スマイルでカウンターの方へ去っていった。今度こそしばらく席を外してくれそうだ。
「じゃあ、早速本題を話そう」
「あァ、頼んだぜ」
歳三はモシャモシャ食べていた手を止め私と向き合った。
「結論から言わせてくれ。次の召喚する英雄はやはり諸葛亮にする」
「…………ん、……そうか」
歳三は腕を組み少し俯く。
「もし何か考えがあるなら聞かせてくれ。私としては次は私の頭脳となる軍師が必要だと思っている。そこで真っ先に浮かんだのは諸葛亮なんだ」
「そうか…………」
歳三はポツリとそう呟くだけだった。
「歯切れが悪いな。らしくないぞ。いつも歳三の意見は聞いてきたはずだ。遠慮なく言ってくれ」
歳三は腕を組み俯いたまま、目をつぶり口を開こうとしなかった。ただ、ふぅとため息を吐いて微動だにしない。
「…………」
「………………」
応えてくれない内は、私からも言葉を掛けようにも掛けようがなかった。
「──────いや、それがレオの選択なら、俺からは、何も言うことはねェぜ……」
しばらくの後に、歳三は水を一口飲み、それだけ言った。
「そうか」
私もそれだけ声に出す。それ以外の言葉が浮かばない。
「さぁお待たせしました!メインデッシュのリバリア・フィッシュのソテーと、その骨からダシを取ったスープです!お召し上がりください!」
沈黙を破る店主の素っ頓狂な声が個室に響いた。
「……食べようか」
「あァ。そうだな」
いつも美味しく楽しみにしていた川魚のソテーは、味が全く感じられなかった。スープを口にしても、その熱さが喉を焼き、ただただ不快に感じた。
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