35話 日常
「レオくんお疲れ様。これお願いねぇ」
「シズネさんもお疲れ様です。分かりました。そこに置いといてください」
母の的確な指示が届いてから、ウィルフリードの内政は落ち着きを取り戻した。もはや戦後ではない、とでも言おうか。
壁の穴は仮設の足場で補強され、岩で埋もれた堀は再び水の流れを取り戻した。念の為、壁のない面には堀の外周に木で簡単な柵を立ててある。
ゲオルグの話によると、戦時中に狩れなかった分、最初の頃は魔物も多かったが、今ではもう以前と同じ程度まで数が調整されたらしい。
冒険者たちにも余裕が持てるようになり、街の酒場は騒ぎを見せている。
ナリスの主導の元、いくらか食料の買い先も見つかり、帰ってきた本軍が飢えるという最悪の事態は避けられそうだ。
しかし、ウィルフリードの田畑が荒らされた以上、今後も食料危機には向き合わなければならない。
私はと言うと、また暇になった。
伝令が伝えた当初の予定だと、ウィルフリード本軍は明日か明後日には帰還する。そのため街は大騒ぎで、ウィルフリードの家中も慌ただしい時間が流れる。
タリオがしっかりと書状を届けることができていれば、父はもっとゆっくりと行軍するだろう。そうなれば、帰還は一週間ほど先になるのだろうか。
いずれにせよ私にできることな特にないため、こうしていつも通り、シズネに渡される書類に判を押す仕事に励んでいる。
無論、山積みになった課題が解決したという訳ではない。が、母がもうすぐ帰ってくるとあれば、私が無闇に手を出さない方がいいと判断した。
かくして自由な時間を手にしては、街を歩き、壁から景色を眺め、訓練場に顔を出す。そして次の英雄について考える。
そんな日々が数日続いた。
本軍は未だ戻らず、嵐の前の静けさと言うべき状況だった。
考えれば考えるほどに、「諸葛亮」の名前がこびりついて頭から離れなくなってきた。
いつしか私は次の英雄を「誰にするか」ではなく、「どう紹介するか」考えていたのだ。
ここまで悩み抜いた末の決断なら歳三も分かってくれるだろう。父と母も反対する理由はないはずだ。
今日も今日とて、訓練場に向かった。
───────────────
「歳三、兵たちの様子はどうだ?」
兵たちはいつものように組手や木剣での打ち込みに励んでいた。歳三も木刀を握り兵の相手をしてやっている。
当初は腕や頭に包帯を巻いている者も多かったが、見る限りそのような兵士はいなかった。
「おうレオ。・・・そうだなァ、負傷兵もかなり復帰してきたからな。もう皇都からの援軍の兵はお帰り頂いてもいいかも知れねェな」
「うむ・・・」
団長の取り計らいによりウィルフリードの警備に回された援軍は、今も主に街の外や街道での見回りや門番に就いてくれている。
総勢五百の援軍は、ただ街を守るだけには少々大袈裟なような気もした。冒険者たちの活躍もあり、街の外の危険もかなり減っている。
さらに問題は、彼らの食料も我々持ちであるということだ。
援軍に来てもらっているのだから、当然と言えば当然だ。しかしウィルフリードの兵糧も底が見え始めてきた今、五百の兵士の腹はかなりの重荷でもある。
「では、もうすぐウィルフリード本軍が戻ってくるので任務は終了でいいとあちらの代表に伝えよう」
「それがいいな」
「そうだ歳三、久しぶりに街を歩いてみないか?」
「どうしたんだ急に」
いきなりの誘いに思わず逡巡の表情を見せた。
「こんなに落ち着いているのも今ぐらいなものだろう?久しぶりにゆっくり話したいと思ってな」
「・・・それなら、・・・まァ、もうすぐ昼時だし訓練の後でもいいなら午後からでも行こうか」
「ありがとう。そうだな、昼は久しぶりにあの酒場に行ってみるか?」
「ん?・・・あァ、あそこだな」
四年前、まだ歳三が来たばかりの頃。シズネがうちに採用された時に立ち寄った酒場だ。
あれ以来、冒険者たちの愉快な武勇伝を聞いたりと、何度か遊びがてら食事に訪れている。
「それじゃあ、私は一度戻って準備をしてくるよ」
「俺もこっちを済ませる」
そうして私たちは一度解散した。
「マリエッタ、今日の昼は歳三と酒場に行くから要らない。それと、私の財布を出してくれ」
徒歩で屋敷に帰り、マリエッタに声をかける。
「かしこまりました。あまり遅くならないようになさってください」
マリエッタはそれだけ言い、外行きの服と財布を用意してくれた。だいたいの用意はすぐに出せるようになっている。
財布の中には、一般人の一食分には明らかに多い銀貨と銅貨が入っていた。
ちなみに、以前金貨は一枚十万円に相当すると言ったが、銀貨は一枚一万円、銅貨は千円に相当する。それ以下の金銭のやり取りはそれぞれの価値のコインでやり取りされた。
もっとも、民衆の多くは地域での物々交換で済ますことも多い。そのため帝国の発行する貨幣は冒険者の報酬や、こうした店屋などでしか使われていない。
「じゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃいませ」
再び訓練場に着く頃には日も昇り、秋だと言うのに歩くと汗がにじむほど温かな外出日和だった。
「おうレオ、ちょうど片付いたところだ」
兵舎の方から手を掲げ歳三が出てきた。私の護衛の為に刀もしっかりと携えている。
「それじゃあ行こうか」
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