22話 戦場を駆ける

「聞け、ファリアの兵たちよ!あの大軍が見えないのか!?皇都から援軍がやってきたのだ!諸君らに勝ち目はない!今すぐ降伏せよ!」


「慈悲深いレオ様は、反逆者であるお前らに逃げるチャンスをくれてやると言っているのだ!今すぐ武器を捨てろ!」


 私たちは戦場を巡り歳三たちを探しながら、そう触れ回った。


 目の前の戦いに熱中していた敵兵たちが自分の置かれている状況にやっと気が付き、逃げ出す者や降伏する者が続々と現れた。


「レオ様!あれはゲオルグではないでしょうか!?」


 タリオの指が示す先には、返り血を浴び元から赤かった鎧を真紅に染めたゲオルグの姿があった。その鎧は所々欠けており、剣も刃こぼれしていた。


 ゲオルグは三人の敵兵に囲まれており、その敵兵は死兵と化していた。


 追い詰められた軍の兵は時に死兵と化すことがある。この死兵と言うものがかなり厄介だ。


 死兵は読んで字のごとく、「死を覚悟した兵」ということである。彼らは追い詰められ、もはや命を捨て相討ち覚悟で突撃してくるのだ。



「タリオ!あそこに突撃するぞ!」


「正気ですか!?」


 ここで彼を失う訳にはいかない。


 私は右手に持っていたウィルフリードの旗を地面に投げて突き刺した。そして剣を抜いた。


「行くぞぉ!!!」


「どうなっても知りませんよ!?」


 そう言いながらタリオは全速力で馬を駆る。


 私も剣を振り上げる。ヒュンと空を切る音がする。


「ゲオルグ避けろ!!!」


「……!まさかレオ様!?」


 馬はゲオルグと三人の敵兵の間に割って入った。




「なッ!貴様は……!」


 敵兵と目が合った。それは一瞬のはずだったが、その時間だけがスローモーションになったかのように目に焼き付いた。


 次の瞬間、私は剣を振り下ろした。その途端、時間の流れるスピードが一気に加速する。


 バキン!という金属音の中に、鈍い感触が手に伝わった。


 剣を見ると、切っ先は欠けており、中腹には血がべっとりと付いていた。


 私は思わず振り返る。


 後ろには首を押さえ転がる敵兵の姿があった。


 他の二人の敵兵が動揺したその刹那を見逃さず、ゲオルグがその大剣で瞬く間に残りの二人も押し倒した。



「ゲオルグ!歳三はどこにいる!?ナリスたちは無事か!?」


 私たちは駆け抜けたゲオルグの元へ戻る。


「歳三たち正規兵は街の防衛の方に向かった!ナリスたち傭兵団はどうなったか分からねぇ!だが、つまらねぇ死に方をするようなタマじゃ無いはずだ!」


「分かった!ゲオルグも無理をするなよ!我々は十分戦った!あとは援軍に任せよう!」


「あぁ!俺は動ける冒険者たちを集めて負傷者を回収する!」


「では頼んだ!私は街へ向かう!」


「気をつけろ!あっちは恐らく援軍が来たことに気がついてない!敵は逃げることなく戦い続けているはずだ!」


「情報感謝する!」


 私は剣を掲げた。ゲオルグもそれに応じて剣を掲げる。





 ───────────────


「タリオ!あの崩れたところから街に入れるか!?」


「多分大丈夫です!あれだけ踏み固められていれば!」


 幸か不幸か、そこは大量の敵兵が乱入して、堀を埋める、かつて壁だった岩が踏み固められていた。


「それよりレオ様、その剣を捨ててください!」


「何を言い出すんだタリオ」


「……震えてるの、分かってますよ」


「……・・」


 馬による揺れではなく、私の体は小刻みに震えていた。その振動はタリオにも伝わっていたらしい。それもそのはず、タリオと触れ合う鎧がカチカチと小刻みに音を立てている。


「これ以上レオ様が自身の手を汚すことはありませんよ……!次は私が!」


「しかしタリオ!私が後ろにいては……」


 通常、騎兵が剣で地上の敵を攻撃する時は、振り上げた剣を後ろから掬うように攻撃を繰り出す。そうでないと馬の上から相手に剣が届かないからだ。


 それなのに私が後ろにしがみついていては、タリオは剣を振り下ろすことが出来ない。


「その時は何とかしますから!何度も言いますけど、レオ様は自分のことだけ考えてください!」


「く、分かったよ……」


 私は馬に当たらないように剣を遠くの方に投げ捨てた。


 その途端、ふっと体が軽くなった。勿論、鉄の塊を放ったというのもあるが、それ以上に何かが私から消えた。


 それは責任か、罪悪感か。


 剣を投げ捨てたぐらいで人を殺めた罪が消えるはずもないというのに。




「これは少しばかり揺れますよ!しっかり両手で掴まってください!」


 馬は岩の上を器用に渡る。何度か亡骸を踏んだように見えたが、私は目を逸らした。


「あの正面のじゃないですか!?」


「あれで間違いないな……」


 敵は街の一区画まで侵入していた。数軒の家は炎を上げ燃え盛っている。


 その道の少し先にある公園のような広場で未だに戦いが繰り広げられていた。


 そこからは肌を刺すような殺気が感じられた。


「歳三はあそこにいる……」


 それはいつか、父と歳三が戦った時に感じた殺気と同じものだった。


 歳三の『明鏡止水』は全身から殺気を出し敵の動きを封じる技だ。見ている側は何が起きているかわからず、まるで時間が止まったかのように感じる。



「援軍だ!援軍が来たぞ!」


 タリオがそう叫ぶ。


「君たちは完全に包囲されている!武器を捨てて大人しく出てきなさ、……いや、出ていきなさい!」


 私もタリオに続く。


「そんなバカな!」


「騙されるな!援軍などあと二日三日は来ない!」


「だが、そう言えば攻城兵器の攻撃が止まっているぞ……?」


 敵の中で明らかに仲間割れが発生した。


 私たちはその隙を縫って最前線まで駆け抜けた。



「歳三!!!」


 そこには頭や腕から血を流す歳三の姿があった。髪は乱れ、刀は血糊で輝きを失っていた。


 それでも刃こぼれしていないのは、流石は名刀「和泉守兼定」と言ったところか。


 いや、感心している場合ではない。重傷を負った歳三をすぐに助けなければ!


「はァ、はァ……。レオ……、どうしてここに……!?」


「皇都から援軍が来た!騎兵だけでここまでやって来たんだ!」


「本当か……。それは命拾いしたな……。あァクソ!」


 歳三は辛そうな表情でだらんと下がった左腕を押さえる。相当な深手のようだ。


「歳三、ここは退くんだ!なにも勝ち戦で死ぬことはない!」


「だがここで敵を抑えねェと、中心部へ避難した市民が危ねェ……!」


 そう言い歳三は刀を片手で構える。


「レオ様!敵兵は約五十、味方義勇兵は三十程動ける者がいます!」


 私と歳三が話している間にタリオが状況を報告した。


 その間にも、敵兵はジリジリと距離を縮めてくる。


「歳三、ここでお前を失う訳にはいかない!」


「だがなァ……」


 その時だった。突如タリオが馬を降りたため、私は危うくつられて転落するところだった。


「レオ様は馬は一人でも乗れますね?」


「あぁ多少はな……」


「じゃあ頼みますよ!」


 彼は手に持っていた手網を私に押し付ける。


「ほら馬に乗ってください!」


 タリオは歳三を無理やり馬に担ぎこんだ。


 歳三は抵抗することも出来ず、私の背中にもたれ掛かる。


「タリオ!お前はどうするんだ!」


「ここは私に任せて、先に行ってください!」



 馬鹿野郎、そいつは死亡フラグだろ……。


 私の頭に嫌な予感が浮かんだ。

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