15話 犠牲

 私は西門の主塔に登っていた。


 敵の主軍がいる北門も心配ではあるが、弓兵がいる限りは無理に堀を越えて壁に張り付いてまで侵入はしてこないはずだ。当然、壁上の弓兵の射程は長く、堀を泳いで渡れば狙い撃ちになるだけである。


 それに、かつてここは最前線の要塞であったため、バリスタなどの固定兵器もあり、そう簡単に手出しは出来ない。


 ・・・それも敵の攻城兵器が到着するまでの間だけの話だが。


 

 少なくとも私の目には、向かいの森に隠れているであろう歳三たちの姿は見えなかった。


「敵部隊の接近を確認!間もなく目視できる距離まで近づきます!」


「あぁ。私の目にも見えている」


 敵の軍勢が大地を踏みしめる音がズンズンと響く。だんだんとその音が大きくなるにつれ、それが目の前で始まる殺し合いのカウントダウンに感じた。


「敵軍、おおよそ八百程です!」


「では恐らく東門の方に二千近く送ったな」


 道の悪い西側よりも、街道のある東側からぐるっと南まで包囲するのが得策だ。しかし、それは私たちにとっても都合が良かった。


 当然だが、兵数が多いほど行軍は遅れる。つまり、東側から南に包囲するまでまだ時間的余裕があるということだ。それなら、歳三たちの部隊の方が先に一撃離脱により南門から撤退することができるだろう。


「さぁ、いよいよだな・・・」


 今は、歳三や父が鍛えたウィルフリードの兵士やゲオルグたち冒険者の力を信じるしかない。





 ───────────────


 敵軍が西門正面に布陣しようと動き始めたその時だった。


 隊列が崩れたその瞬間を見逃さず、木々の間から我が軍が飛び出していった。


 歩兵は横一列に並び、盾で壁を作っている。その後ろから弓兵や魔道士が攻撃をしかける。


「敵軍はかなり混乱した様子です!今のところ反撃の体制もありません!」


「よし!」


 まさに一矢報いたのだ!我々が籠城しているだけだと思っていた敵軍は、背後からの奇襲に対して完全に無防備であった。


 敵兵は反撃も出来ずに次々と倒れていく。


「敵兵は既に百程の負傷者を出している模様です!・・・あぁ!遂に敵も動き始めました!」


「上出来だ・・・。さぁ、あとは無事に撤退してくれ・・・」


 敵の弓兵も歳三たちの部隊に矢を射掛ける。歩兵は包囲殲滅しようと隊列を広げながら切り込んでいる。




 その動きを見るとすぐに歳三たちも撤退を始めた。部隊は山から完全に降り、城の堀近くを走る。


 その意図が私にはすぐに分かった。


「弓兵よ!壁の上から、あの地を這う敵兵を撃ちおろせ!」


 要はインコースを攻めた方が早いというだけの事だ。だが、敵兵は弓の妨害により壁側を走ることが出来ない。


 所詮は歩兵にも弓を持たせただけの応急部隊であるが、ただ妨害するだけなら十分に前述の目的を果たせた。


「矢は余るほどある!当たらなくてもいい!敵に向かって撃ち続けろ!」


 次第に敵軍と歳三たちの部隊の距離は開き、もはや攻撃の手は届くことは無かった。


「よし、もういいぞ!私は南へ向かう。敵が我を忘れて突撃してこないかだけ見ておいてくれ」


 私はそう指示を出し、南門へ向かった。




 ───────────────


 南門まで行くと、既に部隊は街に入っており、跳ね橋は上げられていた。どうやら、東の敵軍はまだ到着していないようで、無事に撤退出来たようだ。


「皆、無事か!?」


「はァ・・・、はァ・・・。あァ、・・・俺たちは何ともないぜ・・・」


「ふぅ・・・、何とか生きて帰ってこれたようだな・・・」


 歳三もゲオルグも、傷一つなく帰ってくることが出来たようだ。


「良かった・・・」


 私は胸を撫で下ろした。第一戦は我々の勝利だ!そう思ったのも束の間。


「何人か矢を受けた者がいるようだ。彼らの治療をお願いしたい」


 そう私に話しかけた冒険者の後ろには、肩から血を流す魔道士の姿があった。


 鎧を着込み、体力もある歩兵と違って、魔道士の中には逃げ始めるのに遅れて反撃を受けた者もいるようだった。


「す、すぐに手配しよう・・・」


 私は目の前で血を流す魔道士の姿を見て、ずしりと心臓を握られたような苦しみに襲われた。


 私の指示で、彼女を戦場に送り出し、そのせいで怪我をした。その事実は、覚悟していたものよりも、ずっと、深く、心にのしかかってきた。





 ───────────────


 負傷者を屋敷まで運び、治療を行う頃には日が傾いていた。部隊はそのまま解散し、ひとまずの休息を得た。


 兵舎ではシズネたちが炊き出しを行っていた。兵士や冒険者はそっちへ向かい、私や歳三、ゲオルグなど主要なメンバーは再び屋敷の会議室へ集まった。


「皆、まずはご苦労だった。生きて帰ってこれたのが何よりだ・・・」


「あぁ。レオ様の初陣を華々しく飾れて光栄に思う」


 ゲオルグは柄にもなく冗談を言い、笑みを浮かべる。私の様子を察したのだろう。


「さァ、戦果を聞かせてもらおうかな」


 歳三の横に控えていた伝令の彼が話し始める。


「は!観測手によると、敵の負傷者は少なくとも二百!その内、およそ五十が死亡又は重症により戦線を離脱しました!」


「対する俺らは軽傷者が数名・・・。大勝利だな!」


 歳三はそう言い、私の背中を叩く。


 本当は私が率先して勝利を喜ぶべきなのだろう。だが、自分の命令で敵とはいえ人間の命を奪ったこと。その事実から逃れることは出来なかった。


「レオ様、気にする事はねぇぜ。戦争ってのはそういうもんだ。帝国民なら誰もが通る道さ」


「すまないゲオルグ。・・・・・申し訳ないが、今日のところは私はこれで失礼させていただく。歳三、後のことは頼んだよ・・・」


「あァ。ゆっくり休めよ・・・」





 ───────────────


 私は一人屋敷に戻り、用意されていた食事に手をつけたが、一向に喉を通らない。


 結局、パンを一欠片とスープを一口飲んだだけだった。残ったものは後で食べるとメイドに言いつけ、部屋に運ばせた。


 部屋に戻り、ベッドに寝転ぶとふと涙が零れた。


「父上、これが戦争ですか・・・。私には最後までできる自信が無い・・・」


 父の部隊はどんなに早くともあと一ヶ月は戻らない。そう分かっていても、泣き言が溢れて仕方がなかった。


 今は優しく慰めてくれる母もいない。



 泣き疲れた私はいつの間にか眠っていた。

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