14話 出陣
「歳三、どうなっている!?」
私は数人の警護と共に正門横の主塔に登った。
「斥候部隊によると、敵は歩兵千五百、弓兵千、騎兵二百、近衛騎士二百の、総勢三千弱だ」
「伝令の彼はよい目をしているようだな・・・」
状況が悪いことが確実になった。
「そっちの話はまとまったのか?」
「あぁ。冒険者や傭兵たちが協力してくれるそうだ。今も、引退した冒険者や兵士たちも有志として集まってくれている頃だろう。」
「そうか。そりゃァ心強いな・・・」
とは言え、こちらの軍勢は千にも満たない。
通常、攻城戦は防衛の三倍の兵を要するという。ちょうど足りるぐらいの兵力差であることは、これからの戦いが厳しいものであることを示唆していた。
その時、敵の先鋒部隊から一騎の騎兵が特出した。
「構えろ!」
この区域の班長らしき兵士が怒号を発する。
「待て!」
私はそれを制して、眼下の騎兵に目を凝らす。彼は何やら書状を掲げている。
「貴君がレオ殿であるか!?」
「いかにも!私がここウィルフリード領主、レオ=ウィルフリードである!」
「危険だ!下がれ!」
歳三が私を退ける。
「大丈夫だ、弓もここまでは届かない。・・・何の用だ!このような反逆が許されると思っているのか!?」
騎兵は私の言葉を無視し、書状を読み上げた。
「我々の要求は二つ!一つはウィルフリード領主、レオ=ウィルフリードの身柄!もう一つは街の全面解放である!」
私を人質に帝国と本気で交渉できると思っているのか?いや、首とこの街を手土産に他国に亡命するのが真の狙いか。
いずれにせよ、あの馬鹿領主がどこぞのスパイに唆され、帝国の混乱を引き起こすダシにされたに違いない。
「断る!魔物が蔓延る世界で帝国民同士殺し合う愚かさをお前の主人に伝えるが良い!」
「それが貴君の返答であるな!?」
「あぁ!答えを変えるつもりはない!」
「承った!ではその通りに!」
彼はそう言い残し、敵の本陣へと帰って行った。
私の横にいる兵たちは皆憎しみの表情を彼の背中に向ける。弓兵は矢をつがえ、私の射撃命令を待っている。
しかし、彼を責めることになんの意味も持たない。彼自身は自分の仕事を全うしているだけだ。
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望遠鏡を借り、敵の本陣の方を見てみると、既に仮説の本営が建設されていた。これから包囲し、間もなく長い攻城戦が始まるだろう。
ここで一度、ウィルフリード周囲の地理情報に付いて整理する。
敵はウィルフリードの北にあるファリアだ。敵の本陣もそちらにあり、平原が広がっている。
西はファルンホスト王国と、険しい山を国境線にして接している。王国が介入してくるとは考えにくいが、かといって我々が木々に紛れて亡命・・・というのを許してくれるほど、帝国と王国の外交情勢はよろしくない。
南にあるグラール領が、ウィルフリードに最も近い街だ。あそこの兵力は四千ほどのはずだが、彼らがその半数でも援軍に来てくれれば、必ずファリアを打ち破れるだろう。
そして、東にいくつか街を越えた先には皇都プロメリトスがある。そちら側には街道が整備されており、交易は主にここを利用している。
街全体は高い壁と堀によって守られており、跳ね橋をあげたこの街は城塞都市本来の力を発揮していた。
門は東西南北にあり、私たちは今北門の上の塔にいるわけだ。
「もし打って出るとなると、どのような編成になる?」
「そうだな、歩兵三百、弓兵百五十、騎兵五十になるな」
「それに加えて、遊撃兵として冒険者五十、歩兵の傭兵団二百、有志の民兵が多少といったところか・・・」
敵が三千の兵力で街の四方を包囲すれば、必ず二箇所以上は千にも満たない部分が出てくる。勝機を見出すならそこを突いた一点突破しかない。
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「ファリアの領主は自分可愛さに、本陣に必ず多数の兵を配するでしょう」
鎧を着込み、準備を終えたナリスが私の元へやってきた。その姿は父やアルガーに見た戦士の顔そのものだった。
「それに傭兵は固まって戦うことを好みます。ちょうど千程の兵で抑えられた門があれば、そこから打ってでるのが良いでしょう」
私と歳三の話を聞いていたのか、的確な助言をくれる。
「なるほど。では、傭兵部隊のところを突破するのが良いという理由をお聞かせ願えるか?」
ナリスは応じる。
「はい。レオ様もご存知のように、我々傭兵は生きて戦いを終えることが最大の目的です」
「あぁ」
「今回の戦いで、敵の傭兵たちはこう考えているでしょう。ただ門の前に座って敵が降参して出てくるのを待つだけで良い簡単な仕事だと」
確かに、この兵力差で正面からの戦いになることはまず無い。
「ですので我らが突如反撃に転じ、しかもそれがファリアの兵ではなく傭兵だけがやられたとなると、彼らの中から逃げ出すものも必ず出てくるでしょう」
「なるほど。士気や目的を考慮すると、その作戦が最も良さそうだな」
「俺もそう思うぜ」
歳三も賛成の意を示す。
「よし、ではナリス、あなたの作戦でいこう。詳しい戦法などはまたあとで歳三と話してくれ」
「了解しました」
まずは一つ目の反撃策だ。
「よぉレオ様、俺からもいいか?」
「あぁゲオルグ」
赤騎士のゲオルグ。それは彼が現役の時の二つ名だ。真っ赤な鎧に身を包んだ彼の姿は、元Aランクパーティのリーダーであったという頃を彷彿とさせる。
「俺たちでも作戦を練っていたんだがな、いくつか案が上がったから、報告させてもらいにきた」
「聞かせてくれ」
「まぁ作戦と言っても簡単なもんで、うちの冒険者の中には魔道士や弓使いがいるんだ。そいつらが、包囲される前に南門から打って出て、敵の射程外から攻撃してなるべく敵を減らしておきたいってな」
打って出てるのは最終手段と考えていたが、冒険者は血の気が多い奴が多いのだろうか?この時はまだそんな風に思っていた。
「なるほど。ではそちらにも少し兵を割こう」
こちらから被害を出さずに、確実に相手だけに損害を与える方法を考える。
打って出るというのはつまり防御を捨てるということだ。堀や門があるとはいえ、こちらの意図に感づかれ、強襲をかけられれば一巻の終わりである。
「よし、それでは歩兵百と弓兵百を出そう!城壁には残った兵士全員に兵種関係なく弓を持たせよ!予備の弓でも応急の物でもいい!防御の手を緩めたことを察知されぬように、ただ立っているだけでいい!」
「攻撃にはもちろん俺も参加するがいいな?」
歳三にとってもこの世界での初陣なのだ。一番槍を入れたい気持ちも分かる。それに、危険な作戦だからこそ指示のできる者がいた方がよい。
「もちろんだ。だが、先に作戦を決めておこう。今のうちに南門から出て、迂回して西の森に伏兵として配するのはどうだろうか」
「俺ァそれがいいと思うぜ」
「俺もその作戦しか無いと思う」
歳三とゲオルグの賛同が得られた。
「だが、一つだけ約束して欲しいことがある」
「なんだゲオルグ?」
「例え俺たちが敵に包囲され壊滅しても、決して西門を開いて救援に来ないで欲しい」
「そ、それはどうしてだ?」
「仮に西門から残った数百の兵力で戦っても、負ける可能性の方が高い。そうなれば、敵に堂々と門から侵入され、みすみすと籠城側の優位を捨てる事になる」
つまり、目の前で味方が無惨に殺されるのを、安全な壁の中から眺めていろ、と・・・。
「万が一そうなれば、レオたちはただ街の中に籠ってただ助けを待てばいい。領民を守ることが出来ればこっちの勝ちなんだからよ」
歳三やゲオルグたちを失っても、それを勝利と呼べるのか。私にはまだ、「失う覚悟」が無かった。
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「敵の主軍が二手に別れ始めました!我々を包囲しようとしています!」
観測手の叫びが、私の決断を焦らせた。
「・・・分かった。この作戦は歳三とゲオルグに任せよう。・・・南門から密かに出陣し、西側の敵軍を叩け。無理はするな、少しでも危険を感じれば速やかに南門まで退け」
「おいレオ、戦場に安全なんて無いぜ?」
「・・・・・」
歳三は「じゃあな」と後ろ手に手を振り、兵を率いて南の方へ向かっていった。
ゲオルグは冒険者たちに作戦を説明し、遠距離攻撃に特化した部隊を編成して歳三たちに続いた。
私は独り西門の方へ移動を始めた。彼らの勇姿を必ず見届けなければならない。
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