11話 新たな家族

 メイドの話によると、集まった応募者を一部屋に集め、母の『慧眼』で一気に全員の能力を見たらしい。


 本当に人を見抜く能力というのは便利なものだ。


 実際、こういう場面だけでなく軍隊に置いても、その人に合った適正兵種を見極めたりなど、母の能力は至る場所で陰ながらこのウィルフリードを支えている。


「ただいま戻りました!」


 応接間に入ると、父と母の向かいに一人だけ人影が見えた。恐らく、彼、いや彼女が母の眼鏡にかなった人物か。


「うむ、レオこっちへ座りなさい」


 私は促されるまま、父の横に座った。


「こちらが明日からレオの家庭教師になるシズネ=ヴォルシーさんよ」


「シズネさん……」


 聞き馴染みのあるような語感の名前の彼女は、ふさふさの尻尾にピンと伸びた狐の耳を持っていた。そして巫女のような白い装束に身を包んでいる。


「そう、彼女は妖狐族。普通の人間とは違って亜人種ならではの特殊な能力を持っていたの」


「はぁい、シズネです。よろしくお願いします、レオくん……」


 そう言い、シズネは私に優しく微笑みかけた。


 おっとりとした喋り方、ピクピク動く耳、そして母の美しさとはまた違った方向の可愛らしい顔付き。


 能力どうこうを抜いて、この人と話をしたいと、そう思った。齢六歳にして、この世界で初めての一目惚れというやつか。


「レオは亜人種を見るのは初めてか。まぁ緊張することは無い、彼らも私たちと同じ人間さ」


 そう言い父は私の肩を叩く。


 実際、初めて目にした亜人種の彼女はほとんどが人間と同じだった。


 そういえば、以前読んだ本にこんなことが書いてあった。


 魔物、獣人種、亜人種、人間種の順番で私たちがよく知る人間に近づいていくと。魔物の中には例外として、魔人種などがいるとか……。


 その中で最も人間種に近い亜人種ということもあって、彼女の体の一部を除いて、顔を含む外見はほとんど人間と同じだった。


「よ、よろしくお願いします!」


「はぁい、よろしくねぇ」


 思わず立ち上がってそう挨拶をした。シズネも立ち上がり、胸の前で手をパタパタと振る姿が可愛らしい。


 身長は母と同じぐらいで、私はシズネを見上げる格好になった。


「シズネさんは亜人の国出身で、帝国に出稼ぎに来てたらしいの。そこで皇都の求人募集の貼り紙を見つけてこのウィルフリードまで来てくださったのよ」


「ではレオ、シズネさんを案内してあげなさい。彼女にはこの屋敷に住み込みで働いてもらうことになった。……そうだな、マリエッタに客室をひとつ準備させよう」


「そうね、今日はこの屋敷とウィルフリードの街を案内して、少しお話するのも良さそうね。レオもまだ緊張してるみたいだし」


 シズネは綺麗な長い白髪をかんざしで後ろにまとめている。やはりこの和風な姿が日本人の心にグッとくる所がある。


「そ、それじゃあこちらへどうぞ……」


「よろしくお願いしますぅ」




 ───────────────


 緊張して全然喋れなかったが、一通りの部屋を案内した。


「と、大体はこんな所です。常にメイドや他の家の者がいるので何か分からないことがあれば彼らに」


「はぁい」


 何かと便利なので、勉強は図書室ですることになった。それなら元々ここで本を読んでいた頃と変わらないので安心だ。


 彼女の部屋になった客室には、備え付けの家具があるので大丈夫そうだ。皇都の宿にある荷物は近々届けてもらうことになった。




 さて、次は街の案内だ。


「レオ様、お出かけならこちらをどうぞ」


 慌ただしく準備をしているマリエッタが、玄関で私にお小遣いを渡してくれた。外には馬車も既に手配されている。


 両親以外の人と街の方まで出るのは初めてのことで、案内と言ってもどうすればいいのか分からなかった。


 馬車に揺られるうちに何か話さなければいけないという気持ちが勝ってきたので、勇気を出して私から話しかけた。


「あ、あの、シズネさんはどんなスキルを持っているんですか?その、母のスキルで選ばれたということは何か特殊な能力が……?」


「そうですねぇ、妖狐族は元々争いを好まない種族なので、

 そんなスキルは使えませんよ。せいぜい小さな魔物から身を守るぐらいの小さな火の魔法ぐらいですねぇ」


 狐火ということか。


「ただ、私は学者として働きに来てたので、奥様はそちらの能力を見抜いたのかも知れませんねぇ」


 聞くところによると、人間とは違い豊かな体格をもつ亜人・獣人種は武闘派であることが多いらしい。しかし、妖狐族はその中でも一線を画し、頭脳派である種族なのだとか。


「なるほど、それは明日から沢山貴重なお話が聞けそうですね」


「はぁい、頑張ります」





 ───────────────


 御者に頼んで、中心街の少し手前で馬車を止めて待っててもらうことにした。


 私はとりあえず冒険者ギルドや中央商店など、街の主要な施設を案内した。


 商店を見ている時に、シズネが髪飾りを見て尻尾を揺らしていたので、それを(貰った金で)買ってプレゼントした。彼女はとても嬉しそうに髪につけていた。


 そんなこんなで、少しずつ打ち解けて来たところで、近くにあった料理店に入り休憩することにした。


 そこには奇遇にも歳三がいた。なにやら店の店主と力比べをしている。


「おうアンちゃんなかなかやるな!」


「あんたもやるじゃねェか!……あ?レオじゃねェか。……ヒュ〜、女ずれでどうした坊ちゃん?」


「歳三……」


 ニヤニヤこちらを見て冷やかしてくる。


「あのぉ、こちらは……?」


 私は歳三とシズネにそれぞれ事情を話した。


 歳三は初めて見る亜人種に好奇心旺盛だった。女絡みだとこの人はかなり心配でならなかった。


「ヘェー、ま、主人の女には手を出さないから安心しな」


「だ、だからそういう訳じゃ……!」


「どうだかなァ?」


 歳三は私の中身が立派なおっさんだと知っているから、そう冷やかすのだ。そんなことを知る由もないシズネは、当然私をただの子供だと思っている。


「まァいいや、とりあえず飯でも食おうぜ。店主のおっさんは俺を見るなり、「英雄の力を見せてみろ。勝ったらタダにしてやる」って気前のいいこと言ってくれたしな!」


「いやいや、どのみち領主様の坊ちゃんからお金なんて取れませんよ!」


 なんか色々恥ずかしくなってきたので、一品だけ頼んで帰ることにした。もちろん代金はちゃんと払った。時期領主がタダ飯を食いに来たなんて外聞が悪い。


 外で食べるのは初めてで、結構美味しかった。しかし、安全上の理由から、貴族がその辺の店で食べるというのはあまりない。が、たまにはこういうのも良いかもなと思った。



 帰りは歳三が増えて三人で馬車に乗り帰ることになった。


 来る時は場が持たなかったので、こういう口が達者な人間が一人いるだけで助かったのも事実だ。私もシズネさんと沢山話せたので結果よし。



 家に着き、私は役目から開放された。シズネさんは図書室を見て周り、明日の授業の準備をするという。


 歳三は「主人と同じ所に住むのはちょっとなァ」と、兵舎の一部屋を貰うことになった。体が鈍らないようにと、歳三も訓練に参加することにしたらしいので、その方が都合がいいのかもしれない。


 どこかに出かける時は、私のボディーガードも兼ねて呼ぶ形になった。



 その日の夜、私と両親、そしてシズネの四人で夕食を囲み、新たな一員の歓迎会とした。

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