12話 幕開け
次の日から早速私の教育カリキュラムがスタートした。
まず、午前中は兵舎での訓練だ。気分はそう、初めて父の職場に行った、あのワクワク感である。
しかし、初めて剣という人を殺す物を握った時、その重さが何倍にも感じた。それは命をやり取りする恐怖と、その剣で守るべきものの重さだった。
とはいえ、あくまでも最低限の護身術程度が目的なので、貴族学園に入るまでの六年で少しずつ見につければ良い。
歳三も兵士たちと組手をして、見事組み伏せて、一目置かれる存在になっていた。
午後からは自宅の図書室でシズネの授業だ。
初め、シズネは私が大抵の計算ができることに驚いていた。まぁ元の世界で大学まで行ってるので、算数程度の問題は簡単すぎる。
そのため、数学の授業は無しにして、この世界の言語や歴史についてが今後のメインになった。
コミュニケーションには支障ないが、それぞれの国で少しずつ発音が違ったりするので、語学については沢山学ぶことがありそうだ。歴史は元々好きだったので、この世界独特の歴史や文化を聞くのはとても楽しかった。
今まで幼少期の教育係でもあったマリエッタも時々顔を出してくれる。母も仕事の合間に来てくれることもあり、男で溢れる兵舎よりこっちの方が居心地がいいのは父や歳三には内緒だ。
幼少期は両親の庇護を受け厳しく管理されていたが、休日には歳三やシズネと街へ出かけることも多くなった。
冒険者の武勇伝を聞いたり、旅人から異国の地での物語を聞いたりするのが、ネットやスマホの無いこの世界での貴重な娯楽であった。
私個人としても、まだまだ試してみたいことが沢山ああった。
そのひとつがこの『英雄召喚』のスキルについてだ。
どうやらこの能力はいつでも使えるというわけではないようだ。試しに唱えてみたりしたが、あの光は発生せず、当然召喚もできなかった。
どうしてか、歳三を召喚した時を思い返してみると、あの時は母から貰ったブレスレットが光を発したのを思い出した。
シズネに相談してみると、『英雄召喚』には多大な魔力が必要なのではないかということだった。
私には魔力がない。そのためこのブレスレットに貯められた魔力を消費してスキルを発動させたというのだ。
母にも話を聞いてみると、このブレスレットは、私に魔力が無いと分かった時に買ったものだという。確か、このサイズの魔石はかなり貴重な物で、取り寄せるのにかなりかかったらしい。
つまり、何年も前から蓄積された魔力を一気に消費して『英雄召喚』を行うということだ。だから、英雄たちを召喚しまくって、最強の軍団!てのはできない。
魔力というものは、人や魔物の体の中に集まるものだ。だから、手っ取り早く魔力を集めるなら、それらを殺すことになる。実際、悪魔を召喚するのに大量の生贄が必要なのはそういう理由からだ。
しかし、そんな手段を使って英雄を召喚するというのは避けたい。
この世界には空中にも微量の魔力が漂っている。そのため、時間が経てば自然とブレスレットの魔石に魔力が貯まる。基本的にはこの方法しかなさそうだ。
───────────────
様々な発見や新たな知識との出会いの日々を繰り返し、四年の歳月が過ぎた。
その間、ウィルフリードは平穏な毎日であった。しかし、帝国全体の情勢は喜ばしいことばかりではなかった。
王国との戦争が終わって十年近くが経とうとしているのに、兵役や課税が変わらないことに反発した地方領主の反乱が起こり始めた。
その都度、帝国側は軍を派遣し鎮圧する。だが、既に不満は抑えきれないところまで来ているのは、誰の目にも見えていた。
そして、このウィルフリードにも重大な兵役が課せられた。それは北方、魔王領との国境線の魔物討伐である。
現在、帝国の最北端では、魔王の侵攻を防ぐために壁を築いている。そして、そこの領主が適宜防衛している。
しかし、ただ守るばかりでは壁際の森や洞窟に魔物が溢れ、危険な状態になる。そのため、毎年一度、帝国は大規模な軍を派遣してそれらを討伐しているのだ。
そして、今年はその担当に我々ウィルフリード家が当たったという訳だ。
「───と、言う訳だ。以前は兵だけを派遣したが、魔物たちの侵攻が年々増加しているとの事で、俺も直接出向かなければならなくなった」
「私も行かなきゃ行けないのよ。レオ、あなたはまだ子供だからと兵役を免除されているわ。私たちが離れる間、このウィルフリードを頼んだわね」
正直、両親と長期間離れるのは初めてのことで、不安が大きかった。討伐は最低でも三ヶ月はかかるとの事で、その間は私が代理の領主としてこのウィルフリードを治めることになる。
だが、武官としては歳三、文官としてはシズネが補佐してくれるので、問題ないだろうとのことだった。
私も、ただ、留守番として街の警備や簡単な書類仕事をすればいいと思っていた。
そう、この時までは……。
────────────
「それでは全軍出発!!!」
私は両親の率いるウィルフリード軍を見送った。
軍は、両親やアルガーを筆頭に約一万の兵力だ。街には警備のために五百ばかりの兵を残すだけで、戦力としては十分とは程遠い。
華々しいファンファーレの後に残された花や、出軍を賞するチラシを見て、心にポッカリと穴が空いたような気持ちだった。
いつも朝早く兵舎から聞こえる掛け声や、両親を訪ねる人の声などが消えた私の周りはやたらと静かに感じた。
それでも、少しの間だけ、一足先に領主体験ができるのは楽しい気持ちもあった。
「ほら、たまにはレオも体を動かして、鈍らないようにしねェとな!」
そういい、歳三と剣術の訓練も欠かさなかった。
忙しくなった歳三のために、マリエッタが関わることも多くなり、ますますそこの仲が怪しくなってきていた。いや、主人は口出しせず二人の幸せを願うだけだが。
「宿題が終わったらこの書類にサインが欲しいみたいですよぉ」
基本的に、この街の政治は母が採用した優秀な職員が回してくれる。シズネがそれらをまとめて、時間のある時に私に回りてくれるので、実際に私が政治に口出しすることは無かった。
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そんな風に何とか激動の日々を乗り切ろうと、もがいている時だった。
突如、静かな屋敷にドタバタと誰かが駆け込んできた。
「許可もなく屋敷に入るとは何事だ!」
歳三は私の横に控えている。刀に手をかけ、臨戦態勢だ。
「で、伝令申し上げます!」
しかし、入ってきたのは曲者ではなく、我がウィルフリードの鎧を着た兵士だった。
「なんだ!」
「フ、ファリア領主が突如帝国に反旗を翻しました!当主のバルン=ファリアは、最も近いこのウィルフリードを目指して進軍中です!」
「……ふざけるなよ」
既に火の粉は私の頭上に降り掛かっていた。
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