下ばかり見て歩く





「斎藤、見ろよ」

 放課後の帰り道、何かを見つけた堀井が地面を指した。しかし、地面には何も落ちていない。

「変だと思わないか」

「変って、マンホールか?」

「ああ」

 堀井が指したのは、長方形のマンホールだった。地面に合わせてタイルがはめ込まれているのだけれど、その柄が周囲のものと違っていた。

 同じサイズではあるものの、本来あるべき場所と違う蓋がはめられている。

「マンホール、見つけようぜ」

「そんなの、見つけてどうするんだよ」

 市役所にでも連絡して直してもらうのか。

「いいから、面白そうだろ」

 堀井は僕の何倍も優れた推理力を持っている。これまでに何度も謎に遭遇したけれど、先に真相に辿り着くのは決まって僕ではなく堀井だった。

 しかし、一度だけ僕が先に真相に辿り着いてから、こうして意味もなく勝負を仕掛けてくるようになった。

 そんなつもりじゃなかったのに。

「いや、やめておこうよ」

「なんでだよ。タイルの色とか種類とか、劣化具合とか手がかりは意外とあるぞ」

 堀井はずいぶんと前のめりだ。だけど、

「そこに合う柄のマンホールなら、西の大森公園近くにある」

 間違った場所にはめられた原因はわからないけれど、工事か何かあったのだろう。

「……なんで」

 推理したわけじゃない。ただ、昨日通りかかって気になっていただけだ。

「推理力なんて、競ってもしかたないじゃないか」

「それは……勝ったから、言えるんだろ」

 堀井の目は敵意で燃えていた。

「勝ったっていっても、ほんの数回じゃないか」

 そんなことよりも、俺にとって大事なことがあった。

「この前の土曜だよ。大森公園の近くで、柄の合っていないマンホールを見つけて不思議に思ってたんだ。でも、誰に言っても興味を持ってもらえない。こんな話を面白がってくれるのは、堀井だけだから、だからさっきお前がマンホールを指したとき――」

「もういい!」

 堀井は絞り出すように言い放つと、僕に背を向けて足早に去って行ってしまった。

「嬉しかったんだよ」

 嬉しかったんだ。

 本心から出た言葉なのに、立ち去る堀井の背には届かなかった。

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1000文字探偵 能登崇 @nottawashi

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