Ph.D(ead).




 大河原さんは何にでも詳しい。

 正しいトレーニングの方法も、栄養学的に効率的な食事メニューも、本場アメリカでの最先端器具についても、聞けば何でも教えてくれる。

 高い会費を払って入会したジムだけど、トレーナーよりもむしろ大河原さんを頼ることの方が多い。

 噂では博士号を持ったインテリらしい。博士といえば、大きな鼻にもじゃもじゃの白い髪、十万馬力の鉄腕ロボットをつくる人だ。

 そんなくだらない話を大河原さんにしてみたら、「私の専攻はロボット工学じゃない」と笑っていた。

「それに、アトムの生みの親は違う博士だよ」

 大河原さんは、何でも知っている。

 アトムの生みの親が誰なのか知りたくて、古い漫画を読んでいたら、夜更かしどころか朝になってしまった。

「地上最大のロボットは最高ですね」

 ジムの入っているビルの前で顔を合わせたときに、その話をすると、大河原さんは睡眠不足が脳に与える悪影響について教えてくれた。

「健康といえば、さ」

 大河原さんはリュックから蛍光色のドリンクを取り出した。濃いピンク色をしたそれは、日光に照らされてうっすら光を放っていた。

「なんですか、これ?」

「自作のエナジードリンク。簡単に説明すると、エイの血液をシャーベット状にしたものだよ」

 トレーニング前に飲むと効果的だという。

「あげるから、飲んでみなよ」

 得体の知れないものを口に含むのは、かなり抵抗があった。だけど、これを飲めば大河原さんのような身体になれるなら、と思い我慢して一気に飲み下した。

「飲んだね」

 自分で飲ませたくせに、妙なことを言う。しかし、大河原さんのことだから、何か意味があるんだろう。

「じゃあ、ちょっと、ドライブにでも行こうか」

 ジムに来たばかりでまだ受付も済ませていない。せっかく奇妙な味をするドリンクを飲んだのに、トレーニングをしないなんてもったいないと思った。だけど、大河原さんの言うことだ何か特別な考えがあるのだろう。

 助手席で揺られながら、五分ほど経ったころ、強烈な目眩に襲われた。

「効いてきたね?」

 どういうことですか、と言おうとしたが、口が動かない。筋肉が弛緩して、手足も動かすことができなかった。

「君みたいな自己流で成功を収めた人間はね、意外と権威に弱いんだ。人を見ないで肩書きばかりみるから、こうしてすぐ騙される」

 薄れゆく意識のなかで、それでも俺は感心していた。

 大河原さんは何でも知っている。

 ……誰にも見つからず、死体を処理できる場所も、知っているんだろう。

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