1000文字探偵
能登崇
やさしさの落とし主
「斎藤、見ろよ」
テスト前の放課後、友人を探して体育館を訪れた僕らは、ガランとした体育館の床に落ちているメガネを発見した。堀井は駆け寄って、それを拾いあげた。
「落とし物だね」
「だけど、メガネを落としてそのまま帰るか?」
職員室に落とし物として届けて帰ろうとする俺を制して、堀井は持ち主を推理してみようと言い始めた。こいつはこういう遊びが好きで、実をいうと俺も嫌いじゃない。
「まず、持ち主は相当目が悪い」
堀井が顔の前にかざして前後に動かすと、目がぐわんぐわん小さくなったり大きくなったりする。古典的だけど、やっぱり面白い。
「そして、スポーツが得意じゃない」
「目が悪くても、スポーツが得意な人はいるでしょ」
「もっとよく見てみろ」
堀井から落とし物のメガネを受け取って観察する。丸眼鏡だ。フレームは金縁で、ツルの部分はカラフルな装飾が施されている。
「スポーツが得意で、丸眼鏡をかける人はいない」
とんでもない偏見だ。しかし本格的に部活をしている人なら、スポーツ用のメガネにするかコンタクトにしているはずだ。堀井の言うこともある程度は正しい。
授業を受けているときと部活のときとで使い分けるのが一番いい方法だろうけど、視力もサイズも変化する最中の中学生でメガネを複数持っている人はかなり珍しい。
気付くと堀井は床に這いつくばるような姿勢で、何かを探していた。推理が好きだといっても、俺の何倍も本気だ。
「何してるんだよ」
「……持ち主は、保健室にいる」
何かしらの結論が出たらしく、堀井は立ち上がると俺にそう告げた。「持って行ってあげなよ」たぶん友達と二人でいるはずだから、と堀井に眼鏡を手渡され、どうしていいか少し迷ったが、推理が合っているかを確かめたいという気持ちが勝った。
言われたとおり保健室に行くと、堀井の言うとおり、女子がふたりいて、そのうち一人が眼鏡の持ち主だった。
「眼鏡を置いていくなんてよほどの緊急事態だ。おおかた友達とバスケットボールで遊んでいたら、パスを取り損ねて顔面にでも当たったんだろう」
体育館に戻り、なぜわかったかと尋ねると堀井は話してくれた。予想通りと聞いてご満悦だ。床に這いつくばったのは、鼻血の跡を探したのだという。
眼鏡を届けた女子に「斎藤くんってやさしいのね」なんて言われてしまった。
やさしくなんてない。人から褒められる機会なんて滅多にないのに、恥ずかしさではなく情けなさで、まともに顔も見られなかった。
堀井だってやさしさに溢れた人間というわけじゃない。だけど、賞賛に値する人間がいるとするなら、それは俺ではなく堀井のはずだ。
じっと床を見る。ただの床だ。俺にはそれ以上、何も見えなかった。
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