第8話後半 理想の将来

「はい、それじゃあ次はかおちゃんの番ね!」


 浅香先輩のハチャメチャ未来話にげんなりしていた万智先輩は、気持ちを切り替えて今度は薫ちゃんに話を聞く。


「そうですね……私も散夜先輩と同じで結婚していると思います」


「おお! やっぱりお嫁さんは魅力的だよねぇ! うんうん、わたしたち気が合うね」


 なんと、薫ちゃんも理想の将来はお嫁さんだったのか。まぁ薫ちゃんだったら万智先輩と違ってニート化することも無いだろうし、素敵なお嫁さんになりそうだ。


「旦那さんにはうちの組をパパから継いでもらって、それで夫婦仲良く組を大きくしていければ良いなって思います」


「と思ったら、わたしとは全く違う結婚生活!」


 あーそう言えば、薫ちゃんってヤクザなおうちの一人娘だったね。


 うん前言撤回。素敵なお嫁さんっていうか頼りになる姉御になりそう。


「やはり組を継ぐとなると、優秀な旦那さんが欲しいですね。

 理想で言うと、喧嘩はめっぽう強くプロの格闘家とも戦えるほど。頭脳も組を経営するという事で経営学の分野で博士号を取得。あとはやはり金銭面でも頼りになるように資産を数十億は持っていて欲しいです」


 組を大きくすると言う薫ちゃんの野望があるから仕方ないかもしれないけど、旦那さんに対する理想がめちゃくちゃ高い。


 こんな人、日本には一人もいないんじゃないかな?


「ふむふむ、かおちゃんの理想をまとめると……『バキ』の花〇薫と『ポケモ〇』のオーキ〇博士、そして『こ〇亀』の中川さんを足してような人か……」


 うん、間違いなくそんな超人は世界に存在しない。


 そして万智先輩……博士号って言われてもピンとこなかったんだと思いますが、オー〇ド博士はたぶん経営学の専門家では無いと思います。


「……大道寺だいどうじは生涯独身待ったなしだな」


 話を静かに聞いていた浅香先輩がボソッと呟く。


 うん、いくら美人さんでも、結婚相手への理想が高すぎる人は結婚が難しいとはよく聞くからね。


「とは言え、圧倒的な武力さえあれば他がミジンコクラスでも組は勝手に大きくなります。そうですね……サイヤ人クラスなら私も他の条件は妥協しましょう」


「妥協するラインが贅沢すぎるよ! かおちゃんは夫婦で世界に戦争でも仕掛けるつもりなの!?」


 サイヤ人クラスの逸材でも、武力以外の要素は免除では無く妥協するだけなのか……。


「そして子供は四人。これは譲れません」


 おぉ、子供の数は現実的だね。やはり考え方に物騒な所もあるが薫ちゃんも女の子。理想とする家庭像というものがあるのかもしれない。


「名前ももう決まってるんです。上から夢鼠みっきい怒鳴弩どなるど寓不伊ぐうふぃい引戸ぷるうとです。どうです? 夢のある家庭になりそうでしょう?」


「キラキラネームにも程があるよ! 考え直してかおちゃん! この子たちも大人になるんだよ? 自己紹介で真面目な顔してこの名前を言うんだよ!?」


 夢のある家庭ってか、子供たちが全員グレてすさみ切った家庭になる未来しか見えないよ。


 それにしても薫ちゃんのネーミングセンスは酷い。子供どころかペットの名付け親にすらなってはいけないレベルだ。


「子供達には私も全力で教育を施します。1人1人が組で重要な役割を果たすために、統率、物流、金銭、そして情報のスペシャリストになります」


「名前の割にエリート志向なんだ……」


「そして時は経ち、子供達は次期組長の座を巡り血で血を洗う身内同士の争いに……」


 何故薫ちゃんの理想の将来の話なのに、そんなバイオレンスな事態に発展しているのだろうか。薫ちゃん、僕はときどき君が分からなくなるよ。


「どうしてそんな悲しい事に!? かおちゃん、母親でしょ!? 止めてあげなよ!」


「両親の制止も聞かず、暴れ回る子供達。しかし、ある女の子がその争いを止めた」


「誰!? 誰なのその女の子は!?」


「その女の子は他の追随を許さない圧倒的な武力、そして戦略で見事に争いを終着に導く。そして明かされる衝撃の事実。実はその女の子、『三二一みにい』は私の隠し子だったのです」


「な、なんだってぇーー!?」


 まさかの事実に万智先輩は腰を浮かして驚く。


 ていうか隠し子までいるのかよ薫ちゃん。波乱万丈な人生を送り過ぎだろ……!


「夫との生活に疲れた私は、十年にも渡ってずっとアプローチをしてきていた蓮君と浮気。その時に出来た子供がその女の子」


「そんなドロドロの状況で僕を登場させないでくれる!?」


 ていうか、僕十年も何してるんだよ……。


「うわー、菱井最悪だな。人の家庭をめちゃくちゃにしやがって!」


「超絶優秀な旦那さん浮気されちゃったよ! せっかく組の為に頑張り続けてたのに! うぅ、すごくかわいそう!」


 浅香先輩と万智先輩は僕を全力で非難する。


「いや僕じゃないですって! あくまでお話ですよ!? だからその親の仇でも見るような目で僕を睨みつけるのをやめてください!」


 ていうか、僕だけでなく実際に浮気した薫ちゃんも非難されるべきでは?


三二一みにいは一ヵ月もする頃には多くの組員や次期組長候補だった夢鼠みっきい達にも認められ、満場一致で組長に!」


「僕の遺伝子凄すぎない!? あの怪物みたいに優秀な旦那さんの子供に圧勝だよ!?」


「そして三二一みにいの組長就任と同時に私と夫は田舎に隠居して、死ぬまでずっと仲良く暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」


 なんか最後は昔話みたいに終わったけど、一体これは何だったんだ!? 


 本当にこれが薫ちゃんの理想の未来!? うーん、女の子ってミステリー。


「うぅ、いい話だったよぉー」


「うむ、山あり谷ありで大変だったが終わり良ければ全て良し。なかなかいい人生だったじゃないか、大道寺」


 えぇ? これ絶賛されちゃうの? これだったらまだ万智先輩の華麗なニート生活の方がマシだったと思うんだけど……。


「はい、じゃあ最後はレンレンの番ね。感動できる話、期待してるよ?」


「どうして自分の将来の話で人を感動させなきゃいけないんですか!」


「なんでも、人の突然の死が最も人間の感情を揺さぶるらしいぞ、菱井?」


「死ねってか!? 何の前触れもなくいきなり死ねってことですか!?」


 なんて酷い先輩達なんだ。


 まぁ気を取り直して、僕の将来について考えよう。


 そうだな……未来の僕は――



「未来の僕は億万長者になってますね」



 高校生になってからというもの、僕はお金に大変苦労している。


 生活費が少なくて漫画やゲームは買えず、昼食も毎日野菜スティック(80円)とかけそば(150円)かけうどん(150円)をローテーションする日々。


 僕は……僕はお腹いっぱいご飯が食べたい! それとおもちゃ屋さんに行ってガンプラコーナーでこの棚からあっちの棚まで全部くださいと言ってみたい!


「億万長者ねぇ。未来のレンレンはどうやって億万長者になったの? やっぱ起業?」


 どうやって? うーん、それは考えてなかったな。お金は欲しい……。でも苦労はしたく無い。そんな僕の願望を叶えてくれる最良の手段は――


「宝くじ、ですかね?」


「理想でも運だよりなの!? もうちょっと夢を持とうよ。自力で大金を稼ごうよ」


「いやいや、そうは言いますがね万智先輩。働かずして大金を稼ぎ、残りの人生はぐうたらと好き放題生きる。これが全人類の夢だと僕は思うんですよ」


「人類はそこまで堕落してないよ! お金があっても働きたいって人も世の中にいっぱいいるよ?」


「まぁそこはどうでも良いんです。重要なのは僕がお金持ちになっているという事実。過程はさして問題ではありません」


 苦労はしたく無いが、それしかお金持ちになれる手段が無いのなら、僕も泣く泣く苦労するよ。


「億万長者になった僕がまずすること。それは、ココ壱番〇に行って、昔からの夢だったトッピング盛り盛りで超大盛の贅沢なカレーを食べる事です」


「そのために億万長者になったの!? 明らかに頑張り過ぎだよ! 自分の家にココ壱〇屋の支店作ってもらえるよ!」


 あそこのぱりぱりチキンとチキンカツは絶品なんだ。魚介系も最高だよね?


「カレーを食べて満足した僕が次に向かう場所はゲームセンター。そこで僕はまたしても昔からの夢だった、メダルの貸出機で一万円投入を実現。とんでもない量のメダルを手にして最高の気分に浸ります」


「さっきからやってる事がけちくさいよ! 貧乏性が全く抜けてないよ!」


「何を馬鹿な。メダルで一万円ですよ? クレーンゲームみたいに何かを得ることは出来ないんですよ? きっと周囲の子供たちは一万円も貸出機に入れた僕を見て、『うおおおこの大人すげぇえ、とんでもねぇ超金持ちじゃん!』と羨望の眼差しを向けてくること間違いなしです」


「実際に超お金持ちなのにそんな真似する必要があるのかしら!?」


 いやぁ、いつもメダル貸出機には100円しか入れたことが無いが、果たして一万円を入れたらどれだけのメダルが出てくるのだろうか。もしかして、メダルを入れるカップに入りきらない? うーむ、夢が広がるな。


「そしてメダルゲームを満喫しつくした僕が次に向かうのは、消費者金融です」


「消費者金融? まさかレンレン……手にしたお金を法外な利子で貸し付けてるんじゃあ……」


「いえ、そんな危ない真似はしません。消費者金融自体は僕と全く関係なく、僕はただ貧乏人共が頭を下げながらお金を借りているさまを見てほくそ笑んでるだけです」


「いきなり性格捻じ曲がりすぎでしょう!? お金は人を変えるっていうけど、そこまでいくと最早別人だよ!」


 なにを万智先輩は騒いでいるのだろう? 


 金持ちの立場から貧乏人を見ると優越感に浸れて最高に楽しそうじゃないか。


 きっとお金持ちがたまにやる、庶民へのお金ばら撒きキャンペーンはこうした気持ち良さを手軽に味わえるからいつまでも人気なのだろう。←偏見


「ただこうやって生きていても、自分が死ぬまでにお金を使い切ることは出来ませんからね。あの世にお金は持って行けない。そう考えた僕は日本の各地にある孤児院に貯金の9割を寄付します」


「おお! お金で人間性が腐りきったと思ったら、やっぱり根っこのところにその優しさは残っていたんだね! 流石だよレンレン!」


「とんでもない大金を寄付したことで、上がりまくる僕の名声。連日連夜ニュースや雑誌に取り上げられ、僕は現代の聖母ならぬ聖父と崇められる事に」


「ま、まぁやったことは立派だし。良いことをしたら褒められるべきだよね、うん」


「毎年孤児院から送られてくる何百、何千もの感謝の手紙と日本中からの尊敬の念。これを体中で感じながら、『へっへっへ。品性は金では買えないと言うが、金で後世まで語り継がれる名誉を買ってやったぜ。日本人、チョロすぎ……』と最高の気分のまま死んでいきます」


「やっぱり根っこまで腐りきってたよこの男!」


 僕の理想の将来を聞き終えた万智先輩は、その後味の悪さにぷりぷりとおかんむりだ。


 でも世の中、本当の善人なんてごくごく僅かなんだから、こういう寄付はするけど心内こころうちは最悪、みたいな人って意外と多いと思うんだけどな。やらない善よりやる偽善とも言うし。




「どうでした、万智先輩? 皆の理想の将来を聞いてみて。進路の参考になりましたか?」


 元はと言えば、万智先輩が進路で悩んでいたから始まったこの話題。少しでも万智先輩の助けになったのなら良いんだけど。


「うん、みんな一人一人全く違う理想を持ってるってのが分かったよ。人は千差万別、十人十色。みんな違ってみんないい。レンレンはそれをわたしに伝えたかったんだね?」


 うんうん。人の人生と言うのは意外と自由に満ち溢れているものだ。


 自分の理想の将来が定まっていない内は、その自由の幅を狭めないように何事も一生懸命にやるのが最善。それを理解してもらえたのなら、こうして皆で将来を語り合った甲斐があったと言えるだろう。


「そうだよね、人は皆違うんだもん! わたしは確かに進路を決めていないけど、それも一つの私の個性。誰からも指図されるいわれはない!

 フハハハハ、そうよ先生に何を言われようと気にする必要なんて無かったんだわ! よぉし、これからは私も胸を張って、『まだ進路決まってません!』って先生に言ってやるぞぉお!」


 ……やっぱり万智先輩はもっと大人達に怒られて、その尖りまくった個性を少しは潰した方が良いと思う。 

 

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