この風紀委員会は自由すぎる!

蒼守

第1話 浅香先輩という人

「最近、校内の風紀が乱れているとは思わないか、菱井ひしい?」


 桜も散って、少しずつ暖かくなってきたこの季節。


 部室に入るなり僕に対して浅香静あさかしず先輩はそう問いかけた。


「風紀? うーんどうなんですかね。入学したての僕にはちょっと分かりません」


 スポーツ万能、成績優秀。身長が高く、スラッとしたモデル体型。さらには目を見張るようなルックス。

 浅香先輩は男女問わず(どちらかと言えば女子の方に)、圧倒的な人気を誇る学園のスーパースターだ。


 今も浅香先輩は腰付近まで長く伸ばした黒髪を、指でくるくると弄っているがとても様になっている。日常の一コマ一コマがまるで絵画のような人なのだ。

 

 だが――


「あぁ? 分からねーだと? 菱井、てめぇそれでも風紀委員かよ。――ったくしょうがねぇ、栄えある第75代風紀委員長であるこの私が直々に教えてやろう」


 ――性格が見た目からは想像も出来ない程ガサツで傍若無人な人でもある。


 よく浅香先輩は喋らなければ完璧とからかわれているが、僕もそう思う。


 入学式の日、壇上で日常生活の注意点を述べていた浅香先輩は本当に完璧美人だった。是非お近づきになりたいと当時は思ったものだ。

 それがまさか、こんな暴君みたいな人だったなんて……。


「あん? なんだ菱井。この私に何か言いたいことがあるみたいじゃないか、えぇ?」


 流石は神スペック人間。ちょっと悪口を頭の中で考えただけですぐに察したようだ。


「――まぁいいか。そんな事より風紀の話だが……、最近カップルが多すぎる! 下校中に手なんて繋ぎやがって!! 粛清だ、粛清!!!」


「いや、うちに生徒を粛正する権限なんてありませんよ」


 話す毎に段々と熱くなっていく先輩とは裏腹に、僕は冷静にその発言を否定する。

 手を繋いだだけで粛清されるとか、とんだ管理社会だ。生徒からしたらたまったものでは無いだろう。


「ふふふ、菱井? この完璧人間たる私がなんの根拠もなく、こんな話をするはずが無いだろう?」


「な、なんだと……? まさか浅香先輩――」


「そう、私は生徒を粛正する権限を理事長からもぎ取って来たぞ!!」


「な、なんだってー?」


 なんてこった。この完璧先輩、スポーツや勉強だけでなくとうとう粛清まで出来るようになるのかよ! そしてこの先輩はどんだけカップルを撲滅したいんだ!


「と言うか校長とかじゃなくて、理事長からもぎ取って来たんですね」


 普通こういうのは校長じゃないだろうか。いや、粛清の権限を貰う事に普通もクソも無いんだけどさ。


「校長もあくまで雇われだからな。うちの学園が私立という事もあって、実質学園は理事長のモノみたいなもんだ。だから一番上から貰って来た」


 短絡的な行動に見えて意外と考えてるんだな。


「まぁ確かに、理事長が許可したなら他の先生方は反論できませんしね」


「あぁ、苦労したんだぞ? 理事長は家族旅行でフロリダに行っていたから、私も何とかしてフロリダまで行ったんだ」


「フロリダ!? 浅香先輩、アンタ粛清の権限とか言う訳わかんないモノ貰いにどこまで行ってるんですか!!」


「いやぁ、事は急を要したからな。日帰りで行って来た」


「日帰りで!? いやいや無理ですって! 日本からフロリダはどう頑張っても片道17時間は掛かりますよ!!」


 僕もいつかはフロリダのおっきな遊園地に行きたいと思っていたから移動時間くらいは知っているのだ。


「それは飛行機の国際線を使った場合、だろ? 私はヒッチハイクで行ったからな」


「日本は島国ですよッ!!? というかヒッチハイクでアメリカまで行けて堪りますか!」


 それが出来るのなら、今頃YUTUBEにはただでアメリカまで行ってみた、とかヒッチハイクで世界一周してみたとかそんな動画が上がっているハズだ。


「いやぁ、なんか偶然大統領専用機が目の前にあってな。乗せて―ってお願いしたら乗せてくれた」


「軽い! 大統領専用機ノリが軽すぎるよ!! ――それにしても大統領専用機が目の前にあるって、浅香先輩空港の滑走路でも歩いてたんですか?」


「ああ、朝のジョギングコースなんだ」


「毎朝死と隣り合わせでドキドキですねえ!?」


 はぁはぁはぁ。


 こ、この人と会話をすると凄く疲れる。せっかく5時間目に爆睡して回復した体力が今ので全部持って行かれた気がする。


「と、取り敢えずフロリダへ行った方法は分かりました。それで? 粛清って具体的に何をするんですか?」 


「おいおい、良いのか? ここから私と大統領がテロリスト共の巣窟に殴り込みをかける熱いシーンが始まるんだが……」


 なに!? そんなハリウッドみたいな超展開が!? 


 ――いやいや、冷静に考えろ僕。大統領が殴り込みをかけるってどんな状況だよ。SPは何してるんだ。それに日本の一高校生に過ぎない浅香先輩が何故その場に!? ツッコミどころが多すぎる……。


「いえ、その話はもう結構です」


 僕が浅香先輩の話を冗談だと察したのが浅香先輩にも伝わったのだろう。

 浅香先輩は特に未練なく、話を粛正の内容に切り替えた。


「現実的に考えて、生徒指導室送りが妥当なラインだろうな。校則にも不純異性交遊の禁止は明言されているし、生徒も先生方もこの提案は飲まざるを得ないだろう」


 そして粛清という言葉からは考えられないようなごく普通の内容が浅香先輩から飛び出す。それにしても先輩、校則なんて覚えてるんだ……。


「なんか……普通ですね。てっきり浅香先輩の事だからもっとぶっ飛んだ内容かと思っていました」


「いやいや、私も一介の女子高生だからな? 本当にぶっ飛んだことをしたら即退学だぞ?」


「退学……。それもまた浅香先輩らしいですよね」


 浅香先輩程の傍若無人ガールなら、人生のレールに乗ったままでいる今の方が不自然な気がする。むしろ何故未だにこの人は女子高生をしているのだろうか。この人には世紀末でヒャッハーな世界がよく似合う。


「おいこら、どういう意味だそれ!」


「僕的には校長とか偉い人を殴って退学が一番浅香先輩らしさが出て良いと思いますよ?」


「てめぇが私をどう思っているのかよおく分かったぜ。なんならクソ生意気な後輩を殴って退学してやっても構わねぇんだぞ?」


 浅香先輩は突然立ち上がり、壁に向かって正拳突きを繰り出し始める。


 ズドン ズドン ズドン ズドン


 ひぃっ! あ、浅香先輩がご立腹だ……! 僕またなんか言っちゃいました?


 最近気付いたことだが、浅香先輩は怒りを感じたらこうして物に当たる癖がある。


 本人に聞いた所、なんでも昔は感情の赴くままに普通に人を殴ったりしていたそうだが、この年にもなると流石にそうもいかないのでその代替手段として物を殴って気持ちを落ち着かせているのだそうだ。なんて危険人物……!


 ズドン ズドン ズドン ズドン


 そ、それにしてもどうすれば浅香先輩のこの怒りを鎮めることが出来るのか……。こんな壁殴りマシーンと下校時間まで2時間、部室に2人っきりだなんて絶対に嫌だ!!


 そう思っていると、


「いやーごめんごめん、遅くなっちゃったよぉ! ってあれ? まだシズとレンレンの2人だけ? てかシズ何してんの? 隣りの部屋の生徒会に嫌がらせ? わたしも一緒にやった方が良い?」


 救世主が来たあーーー!!


 部室に入って来るなり怪訝な表情を浮かべているのは浅香先輩と同級生の万智散夜まちちるよ先輩。


 万智先輩は浅香先輩とは正反対の超小柄ガール。僕は今イスに座っているというのに万智先輩と目線の高さが一緒という、本当に女子高生なのか疑いたくなるような幼児体型な先輩だ。しかし顔面偏差値は浅香先輩に負けず劣らずの超絶美少女。


 うちの高校は比較的美人が多い気がするけど、この風紀委員会はその中でも飛び切りの美人揃いだ。その点においては、風紀委員になれて良かったと感じる。


 万智先輩は浅香先輩と幼稚園以来の大親友だから、この浅香先輩の怒りもきっと何とかしてくれることだろう。


「あぁ? なんだ散夜か。いやさ、菱井がこの私をチンピラかなんかだと勘違いしてるからちょっと考えを改めさせようと……」


 勘違い? いやいや浅香先輩の体質は完全にチンピラのそれですよ。……怖いから口には出さないけどね。


「チンピラ? シズが? あっはっはっはっはっは!! 確かにぃ! 似合う! すごい似合うよぉ!!」


 万智先輩は超笑い上戸だ。それも笑いのツボが人とは大分ずれているから、こうして突然謎の大爆笑が発生することが稀にある。


「なんだ、散夜もそう思うってのか? あれー? おっかしいな、これほど品行方正な高校生はそうは居ないハズなんだが……」


 親友の万智先輩まで僕の意見に賛同し始めたので、ちょっと浅香先輩の怒りがトーンダウン。


 そしてひとしきり笑い終えたらしい万智先輩が浅香先輩のチンピラエピソードを披露する。


「幼稚園の頃はね、シズったらお気に入りの砂場を『ここは私の領土だ!』って宣言してずぅぅっと自分の気に入った子しか砂場に入れてあげなかったんだよ?」


「あぁー、ちっちゃい子ってそういう独占欲みたいなのありますよね?」


 でもこれってそんな浅香先輩=チンピラに繋がるような話なのか? 幼少期のありふれたほのぼの話だと思うけど……。


「いやー、あの時は驚いたよぉ。突然ショベルカーがやって来て砂場の拡張工事を始めたからね!」


「ショベルカー? 拡張工事? 何ですかそれ」


 とてもほのぼの話とは思えないようなフレーズが飛び出してきた。

 子供たちの遊び場に何の前触れもなく突然ショベルカーがやってきたらそりゃ驚く。


 するとある程度怒りが収まったのか、浅香先輩はイスに座り、僕の疑問に答えてくれる。


「私の父親は建設関係の会社を経営していてな。そこで部下の優しいおじさんに出張してきてもらったんだ」


「話の流れでなんとなく察してましたが、浅香先輩の仕業だったんですね」


 なんという事実! まさか幼稚園児の指示でショベルカーがやって来ていただなんて誰も思わないだろう。


「当り前だろ? 最初はおじさんも『おじさんじゃちょっと無理かなぁ』とか戯言を言っていたが、ボーナスの増額を提示したら首を縦に振ってくれたぞ」


「いや戯言ってかごく普通の正論ですよ。そして幼稚園児が金で大人を釣らないでくださいよ! 

 ――……にしても浅香先輩、ボーナスの額を弄れたんですね、幼稚園児なのに」


「ふっ。この私ともなると余裕だよ、よゆう。父さんに『肩たたき券十回分』をあげれば一発だ」


「娘に甘い父親ですね!? 普通肩たたき、それもたった十回きりじゃ無理ですよ!」


「すごいんだよぉー。シズのパパは。わたしもこれまで十数回浅香ファミリーと一緒に海外旅行に行ってるからね」


 十数回って、もはやそれは万智先輩も浅香ファミリーの一員なのでは……?


「それで、なんで浅香先輩は無理をしてでも砂場の工事を強行したんですか?」


「あれだよねぇ、シズ? うーんと、領土拡大?」


 りょ、領土拡大?


「あぁ。当時、あそこの砂場を実効支配していたのは私だったからな。最初の頃は反抗勢力も居たのだが、それもすぐに居なくなった。ということで、領土を安定させた私の次にするべきことと言えば領土の拡大、これに尽きる。だから私は自身で出来る最大の手を打って砂場の拡張工事を行ったんだ」


 あぁ、浅香先輩。あなたは幼稚園児の頃からゴーイングマイウェイを地で行くような破天荒な人だったんですね。

 そしてそんな幼くても今の僕より頭が良さそうで笑える。


「ね? シズってチンピラみたいでしょ?」


 そう言って万智先輩は俺に向けてウィンク。


 ――……いや、この話の内容的に――


「――チンピラって言うよりも、戦争屋?」


 万智先輩はそんな僕の言葉にガックリと肩を落とした。

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