BAD MOON
ぼよよん丸
第1話 不吉な月
そこは光すら届かないと思われた。伝説と混沌によって息づく魔族がせめぎ合う辺境の地。
———そこは光すら届かないと思われた———混沌と伝説によって魔族が息づきせめぎ合う辺境の地。魑魅魍魎が跋扈する境界を人が越える事は無いと、誰もが信じて疑わなかった。
その日は突然、訪れる———伝説の魔族が辺境の町に対して人の退去を命じたのだ。口火を切ったのは人の放った一本の矢。たった一本の矢が長い抗争へと発展していく。
人々は伝説の魔物によって蹂躙され、支配されるかに思われた。人々の中より秀でた者が現れる、特に優れた戦士を勇者と呼び、その情勢をひっくり返す。
魑魅魍魎が跋扈する境界は人の手によって崩され、伝説は現実へと変貌していった。
その伝説の中に隠された、魔王の砦は現実に映し出されてあらわになった。
人か人とも似つかぬ猿叫が怒号となって響く。ここは人が踏み込んではならぬと言わんばかりに押し寄せて来る。
赤髪の筋骨隆々の袖なしの鎧を身に着けた蛮人が、砦の入り口で立ち塞がると、亜人間達の猿叫を絶叫へと変えていく。
蛮人は低く唸る様な声で叫んだ
「勇者よ、ここは俺に任せておけ、お前は魔王を討ち取れ」
押し寄せる敵兵をものともせず押し返す、蛮人を後目に3人は砦の奥へと駆け込んだ。大広間に到達する3人はその重い扉を開いた。そこには禍々しい黒い衣をと黒きヤギの仮面を付けた男が一人佇んでいた。
「ここまで侵入を許すとは、この血盟もここまでか。」
紺碧の鎧をまとった勇者と呼ばれる青年は、男に言い放つ
「魔王・・だな・・・?」
「お前達は俺をそう呼んでいるようだな」
男はそうつぶやくと背負っていた大剣を構えた。
”キ——ンッ‼” ”ガンッ‼”
一合、二合と金属がぶつかり合う音が大広間にこだまする
ぶつかり合う二振りの剣は弾ける毎に打ち砕かれる様に掛けその刃は力を失い続ける。
この二つの剣の行方を、勇者の仲間は固唾をのんで見守る。紺碧の鎧を身にまとう勇者の盾は歪み、今にも打ち砕かれそうな様相を呈している
石畳を染め上げる赤い染みが、この戦いが終わりに近づいた事を告げた
「引け!勇者よ‼これ以上の争いは無駄だ!」
禍々しい黒き衣を纏った男が叫んだ。
勇者と呼ばれた紺碧の鎧の青年は剣をとどめる事無く打ちつける。
「黙れ魔王!お前がいる限り世界に平和は訪れないんだ‼」
「世界だと⁉戯けた事を抜かすな‼」
力を貯め込む様に打ち出す勇者の剣。その刀身に刻まれた複雑な文様が異彩を放つ。
「魔王!これで最後だ‼」
魔王の剣を叩き折り勇者の剣が魔王の胸を切り裂く
魔王、のけぞりながら後ろによろめき呟く。
「くだらん茶番に私が・・・・」
魔王はおぼつかない足取りで奈落への穴へ身を投げる
仄暗い穴をのぞき込む勇者、中は獄炎渦巻く地獄が見えた。
金銀の煌びやかなクロークを纏った青年は、勇者を静かに称える様に言った。
「あの炎だ、生きてはいない」
祭司の衣装を身にまとった少女は、勇者に駆け寄り何か呟く様に唱え始める。掌を青白いか弱き光が包み込み、その手を勇者にかざす。
勇者に駆け寄り治癒する司教
少女はクロークを纏った青年と体格の良い男に呼び掛けた
「王子、それと旦那、治癒しますからこちらへ」
「私は大丈夫だ祭司殿、赤毛の旦那を見てやってくれ」
王子はテラスへ出ると一本の発煙筒に火を付け、狼煙を挙げた
「狼煙です」
「よし!全軍、魔王城へ前進」
森の開けた場所で待機していた兵士が狼煙を見て進軍を始める
王子はのろしを見上げ、仲間達に告げた
「しばらくしたら軍が到着するだろう、後は彼らに任せよう」
王子は勇者の肩に手を置きその働きを称えた。
「勇者殿、よくやってくれた。父上もさぞ喜ぶ事だろう」
町は魔王の消滅に沸く
歓喜・驚喜・狂喜に城下町は沸き立つ。あの忌まわしき魔王が倒された、その知らせに人は喜んだ。
王は王子の帰還を褒め称える。
勇者の働きによって平和が戻った
———不吉な月が空に昇る
髑髏の様な月の仄暗い光が、森に降り注いでいた。激しい息遣いと嗚咽が、森を駆け巡る。不吉な月明かりを頼りに、勇者は弱弱しい足取りで森奥深く入り込んでいた。
勇者の歩いた後には赤黒い染みが広がり、勇者を追う。その腹部からは、おびただしい血が流れる。その背中には数本の矢が突き刺さっていた
半日ほど前はあれほど至福に満ち溢れた顔には、死相が漂い始める。傷だらけの勇者は、森を森の奥へと彷徨い、そして倒れた。
フクロウの声、狼の遠吠えも遠く聞こえる・・・・虚ろな眼には生気が感じられなかった。
その姿を不吉な月明かりだけが見つめていた。
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