巻二

娘に秘伝を伝えそこねた養蜂家

 ある養蜂家が娘を伴って山歩きに出掛けた。山道で自分達以外に人が居ないのを見計らって父は娘にこう言った。

「良いかい娘よ。人前で濫りに蜜壺の蓋を開けてはならないよ。世の中には蜜と痰の区別の付かない人も大勢居るからね」

 父が娘にこう述べると、やにわにすぐ側にある藪から山男が現れて言った。

「蜜だって蜂の痰だろうに」

 父はすかさず言い返した。

「ほうら、人と蜂の区別がついていない毒蛇が一匹釣れたぞ」

 言い返された山男は怒り狂って養蜂家を打ち殺し娘を攫って辱め肉しか食わせなかった。やがて娘は自身が養蜂家の娘である事を忘れて肉ばかり食らう雀蜂になってしまった。だから雀蜂は魂の故郷を求めて蜜蜂の巣を本能的に襲うし、分別が付かない蛇から貰った毒を持て余して人を襲うようになりましたとさ。でめなし。でめなし。

 

 自家薬籠中の秘伝を伝えるには人だけでなく、時と所も厳選せねばならぬという事をこの話は伝えている。

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