記憶喪失となったいじめっ子

 あるところにいじめっ子がいた。

 他の子を殴るわ蹴るわに飽き足らず、悪戯の度が過ぎて街中から煙たがれていた。

 そんないじめっ子にも親がいた。ある時、親の都合で遠くの街へ転校する事になった。

 新しい街へ自家用車一台で家族揃って引っ越す最中、運転手がハンドルを切り違え、車が崖に転落してしまう。


 いじめっ子が気がつくと自分が誰か解らなくなっていた。記憶を失くしてしまったのだ。

 先の事故で父母を亡くし天涯孤独となった彼を引取ってくれるような物好きはおらず、新たな街の養護施設から学校に通うようになった。


 さて、記憶を失くした元いじめっ子の彼が新たな学校に通い始めると、なぜか周りから嫌がらせを受けるようになった。彼が元いた街で酷いいじめっ子だったという事を、新しい街では誰も知らぬにも関わらずにである。

 教科書やノートに落書きされたり、給食の一部を奪われたり、上履きを隠されたり、周りから無視されたり、といったものから始まったが、次第に過激になっていき、学校で大便していると上から水をかけられたり、強請され小遣いを奪われたり、ついには意に沿わぬと殴る蹴るの暴行を受けたりするようになった。

 彼は何で自分ばかりこんな惨めな目に遭うんだろうと悩み苦しんだ。教師や養護施設職員に相談しても、誰もまともに取り合ってくれなかった。


 そんな鬱屈とした日々を過ごしていた彼はある日、路地裏の廃墟で同じクラスの数人から日課となりつつあった暴行を受けていた。

 集団の一人が調子に乗って鉄パイプで彼の頭を殴りつけ、彼は気を失ってしまう。殺してしまったと思い込んだ集団は逃げるように廃墟から立ち去った。

 鈍器で殴られた衝撃で、彼は失っていた記憶を意識とともにすべて取り戻した。

 かつての記憶をすべて取り戻した元いじめっ子が嘆息して言うには

「おれは今までなんで自分だけがこんなに辛い目に遭うのだろうと思っていた。おれが前の街でやったことが自分に還ってきているだけだ。前の街のみんなには本当に悪いことをした。けど、だからこそこんな仕打ちを受け続けるのはもう沢山だ」


 我々が現世で苛まれている苦しみや立場はもしかしたら、前世で誰かに与えた苦しみや侮蔑した他者の立場を思い知る為に味わっているのかもしれない、とこの話は解き明かしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る