真っ裸バロン

ふかしぎ 那由他

プロローグ


 「知る」と云う事は「学ぶ」と云う事であり「学ぶ」と云う事は「経験」する事である。


 「経験」する為には「生きて行く」必要があり「生きて行く」為に必要なのは「考える」事なのだ。


 「考える」は「念」になり、人は少なからず「念」にって人生を成す。


 「念」が幾つも集まり、やがて「概念」となる。


 おおよそ五百年前、この世界の「概念」は四十八であるとされていた。

 「愛」 「悪」 「意」 「一」 

 「記」 「祈」 「疑」 「凝」

 「懸」 「顧」 「願」 「護」

 「雑」 「残」 「執」 「失」

 「寂」 「邪」 「初」 「所」 

 「称」 「情」 「信」 「心」

 「正」 「絶」 「専」 「存」 

 「俗」 「多」 「断」 「丹」

 「諦」 「道」 「毒」 「二」 

 「入」 「放」 「芳」 「無」

 「黙」 「有」 「余」 「欲」 

 「理」 「観」 「思」 「十」


 現在、四十八の「念」は其れ〲それぞれ幾百、幾千と派生し、時に新しく「念」が生まれ、書き換えられ、そして忘れ去られる「念」もある。


 それが人間の可能性と云うべき「概念」


 ただ、人はその「概念」を紐解き、理解するものの実用・・に至る者はいなかった………今迄は。




  ◇




 ここはネスタリア王国の辺境にある湖のほとり。一人の少女が朝露に濡れた草の上に横たわっている。

 年の頃は十六、長い金髪が濡れている所為せいか、一糸まとわぬその素肌にピタリと張り付いており、長身で均等の取れた肢体は、その効果・・・・により少女らしからぬ艶やかさを醸し出している。


 ややあって、少女の瞼が薄っすらと開かれていく。


 『ん…ぁ…。もう朝か。今日も腕弛かったるいリーマンの一日が始ま……えっ…と……?』


 彼女・・は目の前の光景に、寝起きで未だ寝ぼけているのかと思い、己の頬を抓ってみる。


 痛みはあるなどの現状確認をして、次第に意識がはっきりとしていき、自分の置かれた状況に思わず悲鳴を上げてしまう。


 「きゃぁぁぁぁぁぁ………あん?」


 自分の声ではない声が、自分の喉から発声されている事に唖然としてしまったようだ。


 「あ…あれ?」


 そして、すくっと立ち上がり、喉当たりの首に手を当て、声の主が自分であることに疑念を持ちながら、もう一度手を当てたままに声を出してみる。


 「あぁぁぁ~テス、テス? ただいま声のテスト中。飴棒アメンボ、甘いな、美味しいな。カエル、ぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ、合わせて、ぴょこぴょこ、むぴょぴょぴょぴょ……コホン。…って、なっ! な、何で女の声になってんだ? 何? 何が起こった? 何なんだよぉ」


 森に響き渡る絶叫、その余韻が残る中で肩から胸に違和感があることに気づく。何やら重りか何がぶら下がっていて、それが胸元で揺れている感覚があるのだ。


 「ふむうん?」


 そして、その正体を確認すべく、そっと視線を胸元へ移す。


 「…………おわっ! 何だコレ? むむむむ胸? おっぱい、パイオツ! たゆんたゆんのぷるんぷるん。しかも、デデデデ、デカッい! パパイヤ、マンゴー? メロン? いいや、これはスイカだ、伝説のスイカップだっ!?」


 見下ろした先に見える自分の胸には、たわわに揺れる張りのある大きな双丘スイカを見つめていると新たに思い浮かんだ疑問を確かめる為、邪魔な双丘を左右にムニュと手で分け、その下を確認する。



 「まままままマジカ! ない、ないぞ! しかも毛もナッシングでテュルンテュルンとなっ!」


 身体の変化を目の当たりにしてパニックになりかけたが、大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせ、おとがいに左手を当て、右手で左ひじを引き寄せる。


 「う~ん、マンダァ~ム」


 再度、眼下へ視線を落としチラリとソレの確認をする。


 「……胸? ちゃんねー・・・・・パイオツ・・・・? …がある……ありやがる。見事に実ったたわわな果実。………こんなもんがあるのだから、アレは付いている筈がないのは解っちゃいるけど、この例え様の無い喪失感は何だ……そこそこ立派だった俺のムスコがねぇぞ。家出かぁぁぁ、家出したのか? そそそそうなら、帰っておいでぇぇ。かむば~~~~~~~~く! まいさぁぁぁぁん」


 無いものが付いており、付いている筈のモノが付いていない事を再確認した瞬間に冷静さを失い、先程とは比べられない位の絶叫が止まり木をしていた小鳥達を驚かせ、一斉に飛び立つ群れが湖畔の木の葉を舞い散らせる。


 現状を否定したい思考はパニックに陥るが大声を出した御蔭で、精神を何とか正常な状態に引き戻せた少女は小さく呼吸して、昨夜の出来事を思い返してみる。


 『約半年の出張から帰って来て、そそくさと風呂を済ませて晩飯も軽目にしながら晩酌を嗜んで……それから……何十回も観た少年と謎の美女が宇宙を走る汽車に乗って旅をするDVDアニメをBGMに、明日の休みは久方ぶりに秋葉原にでも行こうと……迄は思い出せた。うん。

 自分の名前は? 横川よかわ 翔太郎しょうたろう、四十九歳の独身バツイチ

 相模原市在住の半導体会社勤めの勤続年数二十五年。回路設計部の課長兼部長代理で、自他ともに認めるヲタ。…よし大丈夫だ、ちゃんと思い出せる。OK牧場のモーマンタイ、嗚呼、バナナが欲しい』


 そのように自己確認しながら何気なく両掌を見つめ、グー、パー、グー、パーと握ったり広げたりして、身体に些細な異常が無いか確かめる様に動かしてみる。


 自分男だ・・、と記憶がそう云っているが、『それは私じゃないよ、違うよ』とそれを否定する自分の記憶がある。


 そして、自分の記憶が告げる。


 自分少女は続けて思考する。


 私は冒険者で、☆☆☆☆フォースターの剣士。名前はイデア・バロン、年齢は十六歳の女の子……この記憶に違和感は無く、物心付いた頃からの思い出もちゃんとある。


 八歳の時、誕生日の御馳走を両親と一緒にお腹いっぱい食べて、それがとても嬉しくて凄く楽しかった日の出来事や、幼馴染みのマリアと花冠を作り、それぞれの両親へプレゼントして皆が笑顔で有難うと抱きしめてくれた出来事。

 初めて好きになった男の子の名前や、隣近所のイヴォンヌお姉ちゃんの家にワクワクしながら泊まりに行ったは良いけれど。真夜中に目が覚めて無性に両親に逢いたい感情が込み上げて、寂しくて悲しくて泣いてしまい、お姉ちゃんを困らせてしまった出来事等々などなど、この思い出は確かに自分の記憶であると。


 そして臨時で組んだパーティーメンバー五人で、四日前からモンスター退治と宝探しトレジャーへセイマ魔窟迷宮ラビリンス潜ったアタック


 戦闘と探索は危うげなく順調で、かなり良い値段で売れるアイテムも手に入れて、二日前の帰路の途中。五階層も半ば迄戻って来た頃にイデアの後ろの位置ポジションに居たアーチャーのブミが水牢の罠のタイルを踏んでしまいパーティーメンバー全員が水牢へと落ちてしまう。


 常備しているペンダントタイプの護魔石が作動し、水中での呼吸と移動が難無く出来る様になり濁流の中を僅かな光が見える方へと我武者羅に泳いで行き、護魔石の効果が切れるギリギリ寸前で水面に浮上。最悪とも云える溺死を回避、メンバー全員何とか無事に罠を脱出する事が出来たのである。


 そして、抜け出た場所は何とラビリンスから一カロメイト(※一カロメイトは一キロメートル)東にある湖『レテン』


 濁流の中を泳いだ事と浮上した後の装備の重さにヘトヘトになりながら、やっとの思いで岸へたどり着いて、体力を使い切った重い体を引きずり湖畔に建つ小屋へ這う這うほうぼうの体で辿り着き、疲労困憊の溜息を吐きながら、やっとこさっとこ一段落出来たのだ。



 しかし、昨夜。助かった事で少し気が抜けていたのと疲労がピークに達していたのも相俟って、警戒を怠ってしまっていたのだろう。

 うつらうつらとしていた時に、いきなり背後から羽交い絞めにされ、衣服をぎ取られた。が、持ち前の身体能力で下着を脱がせようとしていた魔法使いのゲオジの顔面へ足蹴りをブチかまし、後頭部を使って羽交い絞めをしているブミの鼻骨びこつを潰す。


 ズボンを脱ぎかけていた盾役タンクのドグディと斥候スカウトのオチョがイデアの反撃に慌てふためいている間に小屋の壁に除けられていた愛剣を見つけ、飛び込み前転でこれを手にして、振り向きざまに魔法詠唱をしていた魔法使いゲオジの首を横薙ぎの一閃で切り殺し、返す刃で折られた鼻骨の痛みに喘いでいるブミを袈裟切りして、さらに自分の背後に回り込んでいた斥候スカウトのダバルの右目を引いた剣のつかでえぐり、痛みに怯んだ隙を逃さず腹を蹴り、倒れた体に剣を喉へ突き立て命を狩る。

 残ったドグディが盾で防ごうと装備を手に掛け様とした瞬間、渾身の突きが脇腹から心臓を貫いていた。

 肩で大きく息をして、愛剣にこびり付いた血糊を無表情のままに一振りでそれを落とすと、こと切れている男達を次々と空いている左手で小屋の外へ放り投げた。日頃の鍛錬の御蔭で、人間一人を片手で放り投げるなんて造作もない。



 臨時パーティーメンバーの男性四人からレイプされそうになるがコレを撃退。返り血を落とすために朝焼けを眺めつつ、水際で水浴びをしていた………のがイデアの記憶。


 「…………」


 後ろを振り返ると、血まみれの四人の死体が転がっていた。


 「…………へっくち………うぅ、寒いな」


 切った張ったの冒険者足る者、たかが喧嘩での刃傷沙汰は少なくないが、初めて人を殺した事に何の罪悪感もなく、只、物言わなくなった塊だとしか思えず、溜息すら出てこないイデアは小さくくしゃみをする。


 返り血を落とす為とは云うものの、朝からの水浴びは身体を冷やしてしまったのだろう。ブルッっと一つ、身震いをしながら湖畔の砂浜に上がり、湖に入る前におこしておいた焚き木の傍らに置いていたバッグの中からタオルを出して身体を拭き、それから服を手に取り鼻を一つ鳴らして、それらを身に着ける。



 普段通りの着替えなのだが、何故か恥ずかしさが込み上げ赤面してしまう。


 「恥ずい……けど…まぁ、いっか」


 兎にも角にも服を着て、血の匂いに魔物が釣られて寄ってくるその前に、四つの死体の始末をしなければならない。


 「……はぁ……なんだろな…」


 『冒険者の常識』なら、先に死体を片付けた後で水浴び等をするのだが。四人の内の一人が汚いモノ・・・・を飛ばしてきたものだから、返り血と少しかかった汚物を落としたくて魔物襲来の危険をも顧みず、傷ついた乙女心の洗濯と身綺麗を最優先したのだ。


 「……はぁ……なんだろな…」


 二メイト(※一メイトは一メールと同等)まで掘ったところで、穴の中に四人を蹴り入れて埋め直し、奴らの冒険者カードを回収。面倒だが武器と防具、証拠と遺品を兼ねた物も回収し、小屋へとつま先を向ける。


 乱闘で壊れかけたドアを見るイデア。


 正直、この小屋には入りたくなかったが、小屋は魔物除けの魔石に守られているので、外で休むよりマシだと考えた。


 今は只、体を少しでも休めて置かないと、後々苦労するのは目に見えていると己に言い聞かせ、念のために虫よけの香も焚いて静かに横になる。ベッドはあったが、とても使う気にはなれなかった。


 「うぅ……なんだろな…」


 爆発しそうな感情を抑えながら泣きたくなるのを押し殺し、毛布を抱きしめ床にスライムの様に丸まって目を閉じる。

 最初は眠れそうもないと思っていた彼女だが、緊張しているものの、夜中の交戦と貞操の危機を経験した女性では恐怖で眠れないだろうと云う状況なのに、やや性格が変わった・・・・・・・影響なのか、その事に心を病むことは無く、それどころか冒険者の常識では考えられない無警戒でイデアはうつらうつらとし始めた。


 山裾から登り切った朝日は、イデアが居る小屋の鎧戸の隙間からこぼれ、その光の筋を『自分の金髪と同じだなと』黄金と紫の虹彩異色症オッドアイの瞳で見つめながら、意識は微睡(まどろ)んで行き、横になって五分もしない内に、少女の瞼は閉じられて幼女の様な可愛い小さな寝息を立てていた。


 「すぴー……すぴー……すぴー……」




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