4-12. 消える六十万年

「金星だ……」

 シアンは渋い顔をしながら言う。

「金星……?」

 ユリアはその壮大な光景に見入りながら答える。

「海王星を作り出している施設だよ。テロリストがたどり着けるような場所じゃないはずなんだけどなぁ」

 シアンは腕を組み、首をかしげる。

 直後、モジュールが閃光に包まれ、爆破された。

「キャハッ!」

 うれしそうな声が響き、一瞬ユリアたちの周りの風景が四角形だらけのブロックノイズに埋まった。

「きゃぁ!」

 ユリアはその異常な事態に青ざめて叫ぶ。この星の根幹が揺らいでいる。それは極めて深刻な事態だった。

「この星のバックアップデータはすべて破壊した。もう復元はできないよ」

 ルドヴィカはドヤ顔で言う。

 ジグラートを破壊されてもバックアップデータさえあれば復元は可能である。しかし、金星の設備を吹き飛ばしたとなると事は重大だ。ジグラートにしかもうこの星のデータは残っていない。ユリアはことの深刻さに目の前がくらくらした。


「何がやりたいの?」

 シアンが聞く。

「この星の自治権を要求する!」

 ルドヴィカはこぶしを握りながら叫んだ。

「なるほど、この星を人質に取ったんだな……。だが断る! きゃははは!」

 シアンはニコニコしながら答えた。

 ルドヴィカはムッとしてシアンをにらみ、こぶしを赤く光らせると近くの円筒にエネルギー弾を放った。

 ズン!

 激しい音がして円筒が吹き飛び、ユリアたちの上空から東側一帯の空が真っ黒になった。さっきまで青空が広がり、白い雲が浮いていた空はまるで異界に繋がってしまったかのように光を失い、ただ漆黒の闇が広がるばかりだった。

「自治権が得られるまでここのコンピューターを次々と壊すがいいんだな!?」

 ルドヴィカは目を血走らせながら叫ぶ。

「いいよ? でも、君も消されるよ?」

 シアンはそう言った。

「ダ、ダメです! 壊されたら困ります!」

 ユリアは焦ってシアンの腕にしがみついた。

「そ、そうだぞ! よーく考えろ! それに私に危害が及ぶと自動的に金星のどこかがまた爆発するようになってる。下手な考えは止めろ!」

「やれば?」

 シアンはうれしそうに即答する。

 ユリアもルドヴィカも唖然とする。数多あまたの命のかかわる貴重で重大な施設を『壊してもいい』とにこやかに言い放つシアン。二人とも言葉を失ってしまう。

「いいか? ここの施設は六十万年かかって作られているんだぞ? それを壊されていい訳がないだろ!」

 ルドヴィカは焦って吠える。

「んー? また六十万年待てばいいだけでしょ?」

 シアンは首をかしげながら、こともなげに言った。

 ユリアは背筋がゾッとした。シアンは本気でそう思っているのだろう。百万個の星々を統べる神々にとってみたら一万個の地球が吹っ飛び、六十万年の成果が失われることも些細なことなのかもしれない。しかし、ユリアにとってはこの星がすべてなのだ。この星が消されてしまうのは絶対に避けなくてはならない。

「よーし、それなら全部ぶっ壊してやるぞ! 本当にいいんだな?」

 ルドヴィカは激昂して叫ぶ。

 シアンは腕組みをしながら何かを考えている。

 ユリアはジッとシアンを見つめる。シアンがこうしている時は裏で何かを行動している時なのだ。

「おい! 何か言えよ!」

 ルドヴィカは再度こぶしを赤く光らせ叫ぶ。

 半分、青空を失ってしまった地球。ユリアはその漆黒の空を眺め、何かできる事が無いか必死に考える。そしてブレスレットのことを思い出した。

 そしてそっと右手をブレスレットにかける。

 ルドヴィカが本気でジグラートを破壊しようとしたらこれを引きちぎるしかない。それでこの星は守られるのだ。だが、それはオリジナルな宇宙をこの世界に展開すること。自分の命の保証も何もない無謀な最終手段なのだ。

 ユリアの頬にツーっと冷や汗が流れる。


『ねぇ、二十秒、時間稼いで』

 シアンからテレパシーが届いた。シアンなりに解決策が見つかったらしい。

 ユリアは出口が見つかったことに安堵を覚え、ぐっと下腹部に力を込めるとルドヴィカに声をかけた。

「あ、あのぉ。私、ルドヴィカさんの言うこと分かるんです」

『後十五秒……』

「ちやほやされてきた大聖女に何が分かるって言うんだよ!」

 ルドヴィカは酷い形相で叫ぶ。

『後十秒……』

「あー、大聖女は大聖女で苦労あるんですよ? ま、それは置いておいてですね、私の話を聞いて……」

『後五秒……』

「あっ! 時間稼ぎだな! チクショー! 死ねぃ!」

 そう叫ぶと、ルドヴィカはジグラートの外壁に向けて鮮烈な赤い閃光を放った。

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