4-10. 喰われる腕

 オザッカ軍がドラゴンに壊滅させられた噂は全世界に一気に広まり、サヌークもサグも降伏を申し出てきた。敗北してから無条件降伏するよりは、交渉の余地を残したいとの判断だろう。

 これで世界統一は実現してしまった。もちろん、条件交渉や法制度の整備など、やる事は山積みではあるが、ユリアとジェイドの仕事はもう終わりである。

 後はユリアが描いた絵通りに、新しい民主主義への移行を淡々とやってもらうだけだ。


 会議が終わり、ユリアが紅茶をすすっていると、文官が入って来てアルシェに何かを報告し、アルシェは腕を組んで悩みだした。


「アルシェどうしたの?」

「ダギュラにおかしな部屋があるんだって」

「おかしな部屋?」

「宮殿の地下の部屋が、何をやっても真っ暗なんだって。ランプで照らしても魔法で照らしても闇が広がっているだけで不気味なので、接収部隊が困ってるって」

 ユリアはジェイドと顔を見合わせる。不思議なものは神の力の影響だろう。

「分かった。調査に行ってくるわ」

 ユリアはニコッと笑って言った。

「ちょ、ちょっと待って。テロリストのワナかもしれない。怪しい物を見つけたらシアン様に連絡を入れるって話だったじゃないか」

「暗いだけなんでしょ? すぐさま危険って訳じゃないわ。シアンさんだって忙しいんだから気軽に連絡なんてできないわ」

「いや、でも……」

「時間止めて中を調査するだけ。それで変なのがあったら報告しましょ」

 ユリアは気軽にそう言うとジェイドと共に宮殿に跳んだ。

 地下の廊下を歩いていると黄色と黒の非常線が貼られた区画が見えてくる。どうやら奥の部屋がそのおかしな部屋らしい。

 ユリアは時間を止めると非常線をくぐり、部屋のドアを開ける……。

 確かに中は真っ暗で何も見えない。いろいろと試したが、光を無効にする設定が施されているらしく何をやっても闇のままだった。

「テロリストめー……。どうすんのこれ?」

「これはダメだ。シアン様に報告だ」

 ジェイドは首を振る。

 ユリアはそんなジェイドの言葉を無視して、室内のデータをツールで解析していく。すると、そこに見覚えのある物が浮かび上がってきた。なんと『蒼天の杖』が空中に浮いているのだ。

「えっ!? なんで私の杖がこんな所に!?」

 ユリアは思わず部屋に駆けこんでしまう。

「ユリア、ダメだ!」

 ジェイドはそう叫んだが、ユリアは暗闇の中ツールで位置を把握し、手を伸ばして杖をつかむ。

 直後、ぼうっと闇の向こうに何かが浮かんだ。

 ウェーブのかかった金髪の少女が、まるでスポットライトを浴びたかのように光をまといながらふわりと浮いている。

 そしてユリアを見てニヤリと笑ったのだ。

「あ、あなたはルドヴィカ!?」

 ユリアは急いで逃げようと思ったが、ルドヴィカの隣に誰かいる……。

 ユリアが目を凝らすと、それはジェイドだった。


「えっ!? な、なんでジェイドが……?」

 呆然とするユリア。

 そしてルドヴィカは挑発的な表情でジェイドのシャツのボタンを外し始める。

 ユリアは唖然とした。前管理者アドミニストレーターでありテロリスト、そんな彼女がなぜジェイドの服を脱がすのか?

 ユリアは逃げる事なんてすっかり忘れて、ルドヴィカの指先を見つめてしまう。

 ルドヴィカはジェイドの胸をはだけさせると、ジェイドの厚い胸板をまさぐる。そして、背伸びをするとなんとジェイドにキスをしたのだ。

 ユリアの中で何かがプツンと切れる。逃げなきゃいけないと分かっているのに頭に血が上ってしまっていた。

 そして、対テロリスト用ツールをずらりと起動すると右手をルドヴィカに向ける。

「ジェイドから離れなさいよ!」

 ユリアはそう叫ぶと一斉にルドヴィカにハッキングを仕掛けた。漆黒のコードが何本もルドヴィカめがけて飛びかかる。

 しかし、ルドヴィカはそれを待ってたかのようにニヤッと笑う。

 そして、コードがルドヴィカにとりついた瞬間、攻撃ケーブルを逆にたどってユリアの右腕を吹き飛ばした。


 うぎゃっ!

 ユリアは悲痛な叫びを上げ、もんどり打って倒れこみ、右腕はびたんと音を立てて転がった。

 ルドヴィカはそんなユリアをニヤニヤ見下ろしながら、コードを引っ張り、転がるユリアの右腕を引き寄せる。そして白くすべすべとした右腕をジロジロと眺め、次の瞬間、なんと美味しそうにかじりついたのだった。

 口の周りから鮮血をたらしながらクチャクチャと音を立て、右腕を貪るルドヴィカ。その猟奇的な姿にユリアは真っ青になって逃げだそうと立ち上がる。

 しかし、ルドヴィカは右腕をくわえながらハッキングコードをユリアに次々と撃ち込んできた。


 きゃぁぁ!

 ユリアは何本か打ち返せただけで次々とコードの餌食となる。

 コードを撃ち込まれた部分は赤黒く変色し、ユリアは身体のコントロールを失っていく。

「やめてぇ!」

 ユリアは叫びながら自らの愚行を痛烈に後悔した。神だなんて思いあがったあげく、いざとなったら手も足も出ない。まさにテロリストの格好の餌食だった。


「お前の身体のリソースは、ありがたーく使わせてもらうわ。キャハッ!」

 ルドヴィカはうれしそうに笑った。


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