2章 崩れ行く世界

2-1. 想定外の言葉

「我と暮らすのは嫌になった?」

 寂しそうな声を出すジェイド。

「そ、そんなこと無いわ! いつまでも一緒にいたいわ!」

 ユリアは慌ててジェイドの胸に顔をうずめながら言った。

 優しく背中をさするジェイド……。

「ただ……。多くの人が傷つくのが耐えられないの……」

「ユリアは優しい娘だな……」

「神様にもらった『大聖女』の力を生かさないのは……なんだかサボってる気がして……」

 ジェイドは優しくユリアの頭をなで、しばらく思案すると言った。

「分かった。我の方で、それとなく王都の情報を調べておこう」

「……。ありがとう……。ジェイド大好き……」

 ユリアは自分の口をついた、とんでもない言葉に仰天する。

「あ、いや! だ、だ、だ、大好きっていうのはね……」

 真っ赤になって慌てて取り繕う言葉を探すが……、見つからない。

「我も好きだぞ」

 ジェイドはそう言ってユリアをギュッと抱きしめた。

「えっ!? えっ!?」

 ユリアは激しく高鳴る心臓の音にどうしたらいいのか分からず、頭から湯気をあげながらただギュッとジェイドにしがみつく……。

 そんなユリアの頬を愛おしそうにジェイドはなでた。

 優しい指使いに、ユリアはゾクッと背筋に痺れるものを感じ、恐る恐るジェイドの顔を見上げる……。

 月明かりに照らされた部屋の中で、ジェイドの瞳の中には紅く炎が揺らめいて見えた。

 ユリアは思わずジェイドの頬に手を伸ばし……、指先でそっと触れる。

 ジェイドの整った顔に真剣な表情が浮かび、ゆっくりとユリアに近づいた。

 ユリアは緊張で硬くなりながらもそっと目を閉じる。

 温かなジェイドの唇がユリアの可愛い唇に重なり……、柔らかな舌がユリア唇を温かく湿らせる。

 ユリアはピクッとファーストキスの感覚に驚き、固まる。

 でも高まってくる熱い胸の内をどうしたらいいか困惑し……。

 そして、意を決した時、ジェイドは離れる。

「おやすみ……」

 ジェイドはユリアの額にキスをして、髪をなでると毛布を優しくかける。


 ……、え……、終わり?

 ユリアは思わず口をポカンと開けてしまう。


 モジモジと動くユリアだったが、やがて、ジェイドの寝息が聞こえてくる。

「えっ!?」

 ライト・キスだけで放置するジェイドに、

「バカ……」

 と、つぶやくと、寝返りを打ち、毛布をかぶった。

 

 ただ、火照った身体は鎮まらない。

 ユリアは毛布をそっと持ち上げて、幸せそうに寝ているジェイドをちょっとにらむと、

「あー! もう!」

 と、一人で憤慨し、また毛布をかぶる。


 その晩ユリアはしばらく寝付けなかった。


      ◇


 それから数週間、二人は毎日のようにお出かけを楽しんだ。

「ねぇ、ジェイド。今日は海を見に行きたいわ」

「海? 魚でも獲るのか?」

「違うわよ、泳ぐの! 海辺の街の人は暖かい季節にはビーチでくつろいだり泳いだりするって聞いたわ」

 ユリアはノリノリで言った。

「それ、楽しいのか?」

「知らないわよ! だから行ってみたいの!」

 ユリアは口をとがらせる。

「……。南の島まで行けばもぐると綺麗かもな……。でも……、南の島はちょっと遠いぞ?」

 ジェイドはユリアの気迫に押されながら言う。

「ふふっ、頼りにしてるわ!」

 ユリアは最高の笑顔を見せる。

 ジェイドは大きく息をつき、目をつぶってしばらく考えると、

「では、いつものピクニックセット用意して、肉多めで行くか」

 そう言ってニッコリと笑った。


        ◇


 ジェイドはドラゴンとなり、ユリアを首の後ろに乗せ、言った。

「すごく高い所を行くからシールド張って」

「わ、分かったわ」

 ユリアは得意の神聖魔法で自分の周りに強固なシールドを張る。

「では行くぞ!」

 いつもより気合を入れた声が響いた。

 後ろ足で大きく跳び上がり、そのまま大きな翼でバサッバサッと羽ばたいていくジェイド。

 羽ばたくごとに森の木々が小さくなり、グングンとオンテークの山が遠ざかっていく……。

 ジェイドは加速しながら雲をつき抜けた。

 すると雲海の世界が広がる……。燦燦さんさんと太陽がまぶしく輝き、真っ青な空に真っ白い雲の海……。

「うわぁ、素敵……」

 ユリアは初めて見る雲海に驚く。

 すると、ジェイドは羽ばたくのをやめて翼を畳み、全身を青白く光らせた。

「えっ!?」

 ユリアがビックリしていると、ジェイドは飛行魔法でものすごい加速を始める。

「うわわわわ」

 速度はグングンと上がり、やがて、ドン! という衝撃音を立てて音速を突破する。そして、さらにジェイドは高度を上げていった。

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