第29話 『何をお願いするの?』
「いや~、まさか同率一位になるなんてね」
昼休みの教室。僕は沙知と向かい合って昼食を食べていた。
いつもなら中庭のベンチで食べているんだけど、今日はそこではなく、教室。
最近は暑くなって、日差しも強くなり沙知の体調面を心配して空調の効く教室で食べることにした。
まあ、珍しく教室で食べているものだから、周囲の視線が気になるけど。
僕はコンビニで買ってきたパンとお茶を飲みながら、沙知の話を聞いていた。
「このあたしに食らい付くとは頼那くんもやるね~、褒めてあげよう」
沙知は嬉しそうにそう言いながら、僕の頭を撫でる。彼女の柔らかい手が僕の髪の毛に触れ、なんだかくすぐったい。
「ちょ……沙知……人前だから……」
僕は沙知の手を優しく退かそうとする。けど、彼女は全く手を退かさないので、そのまま僕の頭を撫で続ける。
周囲から視線が集まっているのが分かる。明らかに奇異の目だ。恥ずかしくて顔が熱くなってきた。
しかし、そんな僕を御構い無しに沙知は楽しそうにクスクスと笑っている。
「まあ、なんにせよ……頼那くんが同率一位になったんだし、今回の勝負は引き分けだね」
僕の頭から手を離すと、沙知はお弁当の玉子焼きをパクッと食べながらそう呟く。
確かに今回の勝負は同率一位で終わったから、お互いに結果は引き分け。
順位としては沙知に負けることになったけど、悔しい気持ちはなかった。
「僕があの順位に行けたのは、沙知との勉強会のおかげだよ」
「あはは、つまり、あたしがすごいってことだよね!!」
沙知は嬉しそうに笑いながら、僕に向かって胸を張ってみせる。そんな彼女の姿に僕は苦笑いしてしまう。
まあ、すごいのは事実だし、それは否定できないから間違いではないけど。
人に勉強を教えつつも自分はしっかりと一位な辺り、沙知らしい。
でも素直にそう言ってしまうと、調子に乗るので黙っておく。
それはそうと、さっきから気になっていたことを確認することにした。
僕はパンを一旦置き、机に肘を付けながら沙知に向かって口を開く。
「けど、勝負の話しは僕の勝ちだよ」
そう言って僕は沙知に向かって微笑む。すると沙知は不思議そうな表情を浮かべた。
「えっ? なんで? テストの結果は同点だったじゃん」
沙知はキョトンとした表情のまま、モグモグと口を動かしている。その姿がなんだかハムスターみたいで可愛らしい。
「今回の勝負って、沙知が勝ったら僕に何でもお願いするってやつだったよね」
「うん、そうだね、そうじゃなかったらあたしが頼那くんのお願いを何でも聞くってことになるけど」
沙知はモグモグしながら、首を傾げる。そんな彼女に僕は答えを教えてあげた。
「だったら沙知の負けだよ、だって今回の勝負の内容は……」
そこで僕は言葉を区切ると、一気に笑顔でこう言い放った。
「沙知が僕より点数が高ければ勝ちってルールでしょ」
「あっ!!」
そのことに気づいた沙知は声を上げて、呆然とした表情をしていた。そして目をキョロキョロとさせて、焦りの表情になる。
「そ、そんなこと言ったかな……? あ、あたし、どうでもいいことは忘れるの頼那くん知っているでしょ……」
明後日の方を向きながらフュ~と下手くそな口笛を吹く沙知。もちろんそんな下手くそな口笛で誤魔化せるわけもなく、僕はさらに追い打ちをかけることにした。
「でもさっき、あっ!! って言っていたよね」
「あ、あれは……その……えっと……」
沙知は必死で誤魔化そうと言葉を探しているけど、僕の指摘通りさっきの反応で沙知は墓穴を掘ってしまっている。
だからもう誤魔化せないと悟ったのか、観念した表情で小さくため息をついている。
「はぁ~……良いよ、今回もあたしの負けで」
「うん、ありがとう」
沙知の敗北宣言を聞いて、僕は笑顔で頷く。そして改めて今回の勝負の結果について話す。
「それで……頼那くんはあたしにどんなエッチなお願いをするつもりなのかな~」
沙知はニヤニヤと笑いながら周囲に聞こえるような声でそんなことを言ってくる。
「ちょ!? 沙知さん!?」
僕は慌てて彼女の口を手で押さえた。けど、もう遅い。
沙知の爆弾発言に教室中の視線が僕に集まる。そしてみんなヒソヒソと何かを話しているようだった。
「んぐぐ……ぷはぁ~、何すんの頼那くん!!」
沙知は僕の手を振り払うと、可愛らしく怒る。それから頬を膨らませると、僕に抗議してきた。
「それはこっちのセリフだって!! いきなり何言いだしているのさ!!」
僕は顔を赤くしながら、沙知のことを注意する。すると沙知は当然のように言葉を返してきた。
「え~だって、男の子って、女の子に何でもお願いできるときって、エッチなお願いするんじゃないの?」
沙知は純粋な眼差しを僕に向けてくる。その表情には悪気は一切感じられない。だからこそ余計にタチが悪い。
「そんなことお願いするわけないって……」
「まあ、あたしは別に何でもいいんだけどね」
沙知はそう言いながら、お弁当のシャケを口に運ぶ。そしてモグモグと口を動かすと、美味しそうな表情になった。
「うん、美味しっ」
本当に美味しそうに食べるなぁ。
沙知が美味しそうに食べている姿を眺めながらパンを噛る。
「それで? 結局、頼那くんはあたしに何をお願いするの?」
「あっ……うん……その……」
沙知の言葉に僕は思わず言い淀んでしまう。
改めて言うとなると、ちょっと恥ずかしい。けれど言わないとダメだろう。
でもいざお願いするってなると、やっぱり緊張するな……いや、何に緊張しているんだって話だけど。
僕は自分にツッコミながら、意を決して口を開く。
「お願いって言うのは……」
「うん?」
「その僕と一緒に出かけて欲しいんだ……」
そう、これは言ってしまえばデートのお誘いだ。
「え? そんなことでいいの?」
僕のお願いを聞いた沙知はキョトンとした表情になっている。僕としても拍子抜けな感じになったが、とりあえず頷いた。
「うん……僕はそれで十分だよ……」
すると沙知は少し考え込みながらも、答えてくれる。
「う~ん……でもあたし身体弱いからそんな遠くまで行けないのは、頼那くん知ってるよね」
沙知の言うように、彼女の身体は弱い。だから遠出するのは無理だと分かっている。
「うん……それはもちろん分かってるよ」
僕は素直に頷く。彼女の体質を考慮した上で、お願いした。
「だから、今度の休みに一緒に映画に行かない?」
この辺だと、映画館なら電車ですぐに行ける。その上、駅直でショッピングモール内に映画館があるからお店が充実している。
それなら沙知の負担も少ないと思う。僕はそう考えて、沙知に提案した。
「えっ? 映画に連れてってくれるの?」
「うん、どうかな……?」
僕の提案に沙知は驚いた顔をすると、手に持っていたお弁当箱を机の上に置いた。
「行く!! いっく!!」
そして興奮した様子で、目をキラキラと輝かせながら僕の手をガチッと握ってくる。
「わ、分かったから……落ち着いて沙知……」
興奮気味に手を握ってきた沙知に僕は苦笑いしてしまう。
彼女のリアクションでクラスのみんなも僕たちに注目しているのが分かった。
なんか恥ずかしくなってきたので、沙知の手を離すが、沙知は興奮を隠せない様子で腕を上下に振っている。
「だって、映画だよ!! こんなのテンション上がるしかないじゃん!!」
子どもみたいにはしゃいでいる沙知を見ていると、なんだか微笑ましく思ってしまう。
「沙知って、そんなに映画好きなの?」
「うん、大好き!!」
僕の質問に沙知は満面の笑みで答える。その笑顔は本当に幸せそうで見ているこっちまで嬉しくなってしまう。
そんな沙知の笑顔を見ていると、僕も自然と笑みが溢れるのだった。
「それに映画って言ったらポップコーンでしょ!!」
「そうだね、映画には必須だよね」
沙知の言葉に僕は同意する。ポップコーンは映画館の定番だ。
「分かってるじゃん!! あたし、ポップコーン大好きなの!!」
沙知は目をキラキラさせながら、僕に顔を近づけてくる。
普段から子どもっぽい沙知だけど、映画と聞いて一段と子どもっぽくなっている。
けど、それがどこか可愛らしくて、誘ってみて良かったな、と僕は思った。
「映画とポップコーン楽しみ!! 頼那くん、それでいつ行くの!?」
沙知は興奮冷めやらぬ様子で、僕の手を掴んで身体を揺さぶってくる。ガンガンと身体を揺らされながら、僕は沙知に答えた。
「えっと……今度の日曜日はどうかな?」
すると沙知はピタッと動きを止めたかと思うと、僕から手を離した。そして少し考えるような仕草をする。
「えっと……来週の日曜日がいいな……」
「えっ? 来週の日曜日?」
沙知の答えに僕は驚いてしまう。
てっきり沙知のことだから、すぐにでも行くと言うと思っていた。だから沙知の提案には驚いた。
「うん……ダメかな……」
沙知は上目遣いで、僕の顔を覗き込んでくる。その仕草にドキッとしてしまうが、僕は慌てて首を横に振る。
「いや……ダメじゃないよ、なら、来週の日曜日にしようか」
「うん!! ありがとう、頼那くん!!」
僕がそう言うと、沙知は嬉しそうに表情を綻ばせて満面の笑みを浮かべてくれた。
「てか、これってもしかして所謂デートってやつ?」
「えっ? いま気付いたの……」
沙知の言葉に僕は苦笑いしてしまう。まさかデートだと気付いていなかったなんて。沙知らしいと言えば沙知らしいけど。
「つまり、これはあたしが恋を知るための実験の一つってこと?」
「まあ、そうだね」
前に友だちと恋人の違いを聞いてきた沙知。彼女にとってその違いの知るための足掛かりになってくれると思う。
まあ、僕は僕で普通に沙知とデートがしたかったというのもあるけど。
「あはは!! 映画にも行けて、実験もできるなんて、最高だよ!!」
沙知は嬉しそうに笑いながら、僕の肩をバンバンと叩いてくる。
全然痛くないから、別にいいんだけど。沙知がここまで喜んでくれているなら、良かった。
「それで何の映画を見るの!?」
「それはまたあとで決めよう」
「うん、分かった、えへへ……楽しみだな」
沙知は足をバタバタとさせながら、お弁当箱を再び手に取り、またお弁当を食べ始める。
本当に楽しみなのか、その口元は緩んでいた。
誘ってみて良かった、僕も沙知とのデートが楽しみだ。それに来週の日曜日か……。
僕は自分のスマホを取り出して、日付をカレンダーで確認する。
ある意味ちょうど良いタイミングで良かったのかもしれない。
そんなことを思いながら、スマホをポケットの中にしまう。すると、あることに気づいた。
クラス内の視線を一身に浴びていることに。
そのことに気づいて、僕はハッとして周囲を見回すと、十人十色の表情でクラスメイトたちが僕を見ていることに気づく。
「お熱いね~」
「クソっ、見せつけやがって」
「俺だって彼女が欲しいなぁ~」
クラスメイトたちの視線を一身に浴び、僕は恥ずかしくなってしまう。
「ねえ、頼那くん」
沙知はモグモグとお弁当を食べながら、話しかけてくる。僕は周囲を見回しながら答えた。
「な、なに?」
「なに恥ずかしがっているの?」
ニコニコと屈託のない笑顔で僕に問いかけてくる沙知。そんな笑顔をされると断ることも出来ない。
「いや……その……」
僕が口籠もっていると、沙知は首を傾げる。この状況を一切理解していないようだ。
僕は諦めて、沙知に言葉をかける。
「沙知って、ホント、そういうとこ、すごいね」
「????」
僕の言葉の真意が分からないようで、沙知は不思議そうに小首を傾げている。
そんな彼女の様子に僕は苦笑するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます