第73話 子爵家の令嬢

「私の場合は正直騙されたと言いますか……」


 子爵領はワインやワインビネガー作りに励み、狭い領地ながらそれなりに成功していた。

 そこに近隣の領地もうちもやれるんじゃねーかと栽培を開始。近隣では独占販売状態だったものが崩れた。


 領内に他に仕事も特産品も無いし、葡萄を簡単に減産すれば元に戻すのは大変で危険だしで、現状維持。

 当然売れ残りが発生するようになる。それで新しい道を模索していた。


 長年の栽培の経験から、品質には自信がある。王都へ売り出したいが人脈がない。

 当主夫妻が人脈作りに励んでいた時に現れたのが、ノヴァク伯爵家だった。ノヴァク……何か聞いた事があるような?


「殿下が退治した虫の家ですよ」

 耳元でこそっとニコールが教えてくれた。


 虫の家の紹介で彼女は今の婚約者と知り合った。伯爵家は事業に失敗して今は借金があるが、王都への伝手も輸送のノウハウもあると言われた。

 会ってみるととても感じの良い家族で、伯爵家を立て直す為の投資やワインの王都への売り込みなどの話が進む。


 それで大きなお金が動くのでと、相手方から婚約の申し込みがあった。

 令息も最初はとても感じがよく、何度か会って婚約に踏み切ったそう。


「それからしばらくして令息の態度が急変しまして、未だにワインの王都での売り込みも上手くいっておりません」


「以前調べた時に、ノヴァク伯爵家が王都に香水を輸送する際に、こちらの令嬢の婚約者の領地を経由していましたね」


 リーリアに言われて怪しい話があったのを思い出した。領地を経由する際に払う通行料は、内政部門によって細かく決められている。

 通行料の半分は税金として国に納める決まり。そのお金を全国の道の整備費に使うのだ。前世の高速道路的な仕組み。


 通行したのにしていない事にすれば、国に払う税金が誤魔化せる。見返りとして金銭を受け取って、浮いた分を懐に入れる事が出来るというよくある犯罪。

 虫の家と婚約者の家で、お互いに悪い意味でいい関係を築いている可能性が出て来た。

 領主の借金が領地収入の何パーセントかに達してしまうと、内政部門が動いてしまう。数値は忘れた。それを回避する為と考えると……。


「調査部門案件だね」


 俺の言葉に令嬢が驚いている。馬鹿の噂が先行しているけれど、思考能力は大丈夫なんですよ。


「残念ながら、調査部門へはかなり前に相談をしております」


「管轄は?」

 リーリアに聞く。


「令息の家は王都に近いので異なりますが、あちらは我々には貸しがありますからね」


「だね。ご令嬢、調査部門に提出する為に用意した証拠があるよね? ご両親にケビン宛てで城に送るように言っておいて。こちらから別の調査部門に再度依頼してみよう」


「ご、令嬢……?」

 引っ掛かるのそこ!?


「殿下は固有名詞を覚えるのが苦手なんだぜ!」


「ゴードン、大きい声で言ってくれるな」


「あっ、悪りぃ!」


「声の大きさが問題じゃないだろ……」

 カールの突っ込みは聞こえないものとする。


「あの、私たちがしたのは婚約を解消出来ないかの相談ですが、それに学園での素行を追加するという事でしょうか? 他管轄に?」


 おろっ? そっちだけだったのか。


「実際のところは不明だけれど、紹介者と婚約者の家に嵌められた可能性があるかなと思って」


「えっ!」


 本気で驚いている。家族も領民もいい人たちばかりなのだろう。あの虫の家が紹介した時点で怪しいよね。


「一度こちらで引き取るけれど、結果はどうなるかはわからない。ちょっと心に留めておく程度にしておいて。この話は内緒ね」

 父上の側近にも伝えておこう。


「は、はい」


 ナタリーの時も巧妙だったらしいし、難しいかもしれない。


「こちらから問い合わせをする事もあるだろうから、ご両親にだけは伝えておいて。念の為に手紙ではなく会った時に伝えておいて」


 輸送の中継地点なら手紙の中継地点にもなっている可能性がある。一応用心。

 驚き過ぎたのか顔色が悪くなってしまい、気が付いた辺境伯家令嬢が落ち着かせようとしてくれている。

 なので落ち着くまで待つ。


「現段階では婚約者に関する証拠集めをお勧めするよ。何時何処で何をされ、誰と一緒に何を見たか。多ければ多いほどいいと思うよ。正直今の状態で婚約解消に持ち込むのは難しいかな」


「それも含めて、今回殿下に相談させて頂きたいと考えたのです。おそらく私の方は解消はできると思うのですが、連携の話がどうなるのか不安があります。父からも殿下に相談出来ればと言われていまして」


「そうだね。えーと、ご令嬢の方には実は既に陛下からの調査が入っている。辺境伯家令嬢の方は、内政部門から騎士団長と話をしてみるよ」


「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」


「それと、他の二人にも証拠集めをするように言っておいて」


「わかりました。他の二人は元々婚約者と仲が良かったようなので難しいかも知れませんが、それとなく私から誘導してみます」


「頼むよ。警備の人も証言には公平に協力してくれるから、目撃した彼らの名前も一緒に確認しておいて。それじゃあ私はそろそろこれで」


「俺、殿下の部屋で菓子食いたい!」

 はいはーいみたいなノリで言うゴードン。


「あ、私も勉強で聞きたいことが」

 エヴァンも言って来たので、三人共俺の部屋へ移動する事になった。


「落ち着くまでいていいぞー。鍵も開けたままでいいから」


 普段は鍵を閉めているみたいな言い方だが、未だにゴードンは扉に鍵をかけていない。誰でも何時でもウェルカム状態だ。

 実際、朝起きて来なくて度々カールが起こしにいくらしい。時々カールのことを母ちゃんと言って怒られていると聞いた。


 ゴードンはこれでも必要な空気を読むので、しばらく令嬢たちだけにした方がいいのだろう。

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