九條愛日という娘

 それから数日。死神は、予想通りといえば予想通りの事態に鼻白んでいた。


「は〜ぁ。車上荒らしに万引き、ひったくり……こーんな田舎にも出るもんだね……」

 その度、面倒ながらも魂を狩ったが、なんとなく荒んだ心は治らない。


 時刻は日暮れ。朱に染まりかけた草花に目を遣り、ため息を漏らしていると、ふと死神はしゃがみこんだ人影に気づく。


 人影と、目が合う。


 それは、澄みきった大きな瞳が目を引く、うら若い娘だった。

 大きなごみ袋のそばにちょこん、と座るその娘は、制服に身を包み、手には軍手をはめていた。さらに下へ目線を走らせると、彼女のスカートはおそらく娘自身によって、邪魔だと言わんばかりに太腿のあたりで縛りあげられている。まもなく完全に大人の女性のものへ移行するであろう少女の持つ、引きしまった危うい流線に、死神が思わず気を取られていると。


「申しわけないです。少し足元、失礼していいですか?」

 さらり、と揺れる短く切りそろえられた髪は、驚くほど綺麗で。軍手をはめた手で示された先である死神の付近には、確かにごみ――煙草たばこの吸いがら――が落ちていた。

「あ、ああ……」

 すっ、とそれを、粛々しゅくしゅくと回収してゆく娘。


「ありがとうございました」

 しゃがんだ彼女に数瞬、見つめられた死神は。


 ――なんか、の光のもとで見たいかも。


 そこまで思い、頭をぶんぶんと振る死神。

(なに考えてんのぉ、おれ! 相手はお子様だってのに!!)


 第一なぜか彼にそう思わせた彼女の表情筋は、正直完全に、微塵みじんも動いていない。だがきっと、そういう仕様なのだろうな、と直感的にわかるから不思議だ。


「では……」

「ま、待って!」

 去ろうとする娘に、思わず声をかける死神。

「なにか?」

 表情は動かないが、どこか怪訝けげんな気配を娘から感じとり、死神は少しだけ焦る。

「そ、そう。だって、おれは――」


 彼女の頬を骨ばった両の手で包み込み、死神はにまっと笑った。


 彼女の視線を捉え、中に潜りこむように意識を集中させる。

 すると娘のからだから力が抜けたようになり、『それ洗脳』は完了する。

「――はい、そうでした。申しわけないです、先生……」


(ほら、ただの小娘じゃないか♡)

「じゃあ、傍にいてあげる。続けよっか?」

「はい」



 再びしゃがみこむ娘の名は、九條愛日くじょうまなびというらしい。


 ――丁度いい暇つぶし、見つけたァ♡

 死神はそう思い、彼女の背後でひとり、ほくそ笑んだ。

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