ハリオンナ
【
女性の姿をした妖怪。夜道に出現し、通りがかりの男に微笑みを見せてくる。もしそれに笑い返すと、先端が
「マジで怖かったンすよ。あンときは命の危機を感じましたね」
その日も、くたくたの足を引きずって帰路についていた。
まだ始発前の時間だ。周囲に人影はなく、カラスの鳴き声以外聞こえてこない。
さっさと家でぐっすり眠りたい。その一心で歩いていたら、視界の端っこに妙なものが映った。
人通りのない道路のど真ん中に、ひとりの女性が立っている。
髪の毛は脂ぎってボサボサ。身につけたワンピースらしき服はボロボロ。一目見ただけで尋常じゃない、と本能が訴えてくる
ホームレスか、それとも異常者の類いだろうか。治安の悪い地区なので、関わるとろくな目に遭わないと容易に予想がつく。
安眠を求める羽原さんは、女を見なかったことにして立ち去ろうとしたのだが……。
女は、猛ダッシュでこちらに向かって走り出した。
長い髪の毛を振り乱し、鬼の形相で迫ってくる。羽原さんは一目散に逃げ出した。
職業柄、様々な女性を相手にしているのだが、その女には見覚えはない。当然追いかけられる覚えもない。「オレがなにしたって言うんだよ!?」と内心文句を吐きながら必死に逃げ、命からがら自宅のアパートに転がり込んだ。
鍵を閉めて、チェーンもかけて、これで一安心と扉にもたれかかっていると――ドンドンドン!と、激しくノックされる。背中に感じた衝撃におののき跳び上がってしまう。
続けてドアノブも激しく回される。ガチャガチャ、ガチャガチャ。金属部分が悲鳴を上げていた。
羽原さんは台所からフライパンを取り出し、いつ女が突入してもいいように構える。扉を破壊してくるなんてあり得ないだろうが、そのときは本気で恐れていた。
生きた心地がしなかった。
打ち付けるノックとドアノブの悲鳴は、時間にして数分程度。しかし、羽原さんには永遠に感じられた。
やっと音がやんだ。
ドアスコープから外を
だが、安心できない。
羽原さんは昼過ぎになるまで、家の中に閉じこもり、様子を
そしてほとぼりも収まった夕方に、そっと扉を開けて玄関先を見て、戦慄した。
ドアノブの鍵穴に深々と、針金が突き刺さっていた。
女はピッキングをして、部屋に乗り込もうとしていたのだ。
「その女が下手くそなヤツで、ほんと助かったっすよ」
羽原さんはすぐに引っ越した。
今ではホスト業界からも足を洗ったそうで、その理由は、
「だって、女から恨み買いそうじゃないっすか。あんな経験、二度とごめんだわ」
だそうだ。
ろうそくは残り――九十七。
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