ノッペラボウ


【のっぺらぼう】

 顔に目、鼻、口がない妖怪。怪談話によく登場しており、その異様な顔で人を驚かすことで有名。多くの場合、一度驚かした後、また別の場所に現れて驚かすという、お笑いで言うところの「天丼」芸を披露する。



 野村さんの悩みは人の顔が覚えられないことらしい。

 別に物覚えが悪いとか、おっちょこちょいだとか、そういうありがちな理由ではない。

 というのも、目に映る人の顔が全てがのっぺらぼうのようにに見えているからだ。


「目が悪いわけじゃないんです。これでも両目とも裸眼で視力1.5なので」


 動物の顔や絵画の顔ならはっきりと見える。写真や映像でも問題ない。しかし、生身の人を相手にした場合だけ、なぜかぼやけてのっぺらぼうに見えてしまう。病院にも通って相談したこともあったそうだが、原因は未だ掴めずにいる。


「日常生活は……まぁ、なんとかなっています」


 子供の頃はだいぶ苦労したそうだ。顔がわからないので友達を作るのにも躊躇ためらっていたらしい。相手の名前を間違えてしまうことも多々あった。

 しかし、今では顔の代わりに声や臭いで人を覚えるようになっており、生活に支障はない。視覚障害の人がそれを補うために、他の器官が発達するのに似ていた。


「それで、以前不思議なことがあったんですよ」


 野村さんがコンビニエンスストアで働いていたときの話だ。

 客の顔を覚える必要がないので気楽にできる、という理由で選んだ仕事。

 その日の夜も、いつも通り事務的に仕事をこなしていた。

 レジの前にいたら、一人の女性が品物を持ってきた。缶ビールとおつまみの小袋が数点。そのままでは持ち帰るのが大変そうだ。野村さんは「袋に入れますか?」と、お決まりの質問をしながら顔を上げた。

 その女性と目が合った。

 まるで精巧なマネキンのように整った顔立ちをしている。

 だが、数秒置いて違和感に気付く。どうしてこの女性の顔だけははっきり見えているのだろう、と。

 なにかまずいものを見てしまったのかもしれない。

 野村さんは本能的に目をそらして、レジ袋に品物を詰め込んですぐに渡す。女性は無言無表情のまま受け取り、代金を払うとすぐに立ち去った。

 その客を見たのは、その一回きりだという。


「昔のSF漫画にあったじゃないですか。主人公の目には普通の人がおかしく映っていて、でも逆に変なものは美しい人に見えているっていう話。もし私もそうだとすると、あのときの客って、本当はどんな顔をしていたんだろうな……って」


 単純に逆だと考えると、野村さんが見たのは、本当ののっぺらぼうだったのかもしれない。



 ろうそくは残り――九十八。

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