等価交換
「ニタ! 」
聞きなれた声にハッとして振り返ります。
「おじい! 」
「まだ明るいとはいえ、日が沈むのははやいぞい。帰ろうな」
「うん! 」
名残惜しげに彼が去った方をもう一度振り向き、足早におじいの元に向かいます。
少し腰の曲がったおじい。
ニタはおじいとおばあと三人で、村から少し離れた場所に住んでいました。
おとうとおかあはいません。
次期村長の座を村の有権者に譲り、自ら贄になった二人。
ケモノと共存するしかない小さな村は、時々ケモノを狩ります。
その代わり、贄を出さなければなりません。
「おじい! 大変だ! 村の人間がいなくなった! 」
そんな日々の中、静かな日常が突如として破られました。
「騒ぐでない。ニタがびっくりするじゃろ」
やってきたのは現村長のジダ。
「ケモノが! ケモノが餌漁りをしたに違いない! 」
「……ケモノならさっき会った」
噴気するジダが言葉を失います。
「ニタ、何も無かったのかい? 」
「うん、ただ見ていただけだよ。キレイなイキモノだった」
ズカズカと二人の前にジダがやってきました。
「キレイなものか! ヤツらはいつも目を光らせながら我々を狙っている! 」
「ニタは思う! きっと禁を破ったのは人間だ! 」
思い当たる節があるのか、ジダは目をさ迷わせます。
「……ジダ、儀式もせずに狩りをしたのはおまえたちですか? 」
ジダの背後から静かだが、有無を言わせない声がしました。
「おばあ! 」
優しい糸目の、姿勢のキレイなおばあ。
「……」
「おとうは悪くない! 人間の方が偉いんだ! ケモノは狩られる側であるべきだ! 風習なんて古臭いだろう! 」
ニタと変わらないくらいの少年が、急いできたのか息を切らしてやってきました。
「……一から説明しないとわかりませんか?
ジダ、ゴダ」
優しく、ゆっくりとした口調で話すおばあに震える二人。
「も、もう村長ではないおまえらに決定権はない! 」
「……そうですね。ならば、一緒に滅びますか? 」
糸目を薄らと開き、見つめるおばあ。
ジダは風習の意味を痛いほど知っているはずでした。
「争わないことを決めたのはワシら元村長夫婦じゃった。変えたいのなら、直接おまえが王と話すしかあるまい」
王とはケモノの王。
ケモノはただ約束通り等価交換で人間を連れ去った、と二人は認識しているのです。
勝手な判断は村を滅ぼす。
人間優位な世界にしたいと願えば均衡は崩れてしまいます。
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