新人警備員と引きこもり女子高生

けーあーる

プロローグ 春、出会い。

春、新入生達が初々しい姿で登校する姿を、俺は傍目でぼーっと眺めている。

春の心地よい風が俺の湿った制服に吹くがそれどころではないと俺は顔を顰める。

足が痛い。死ぬほど痛い。

目の前の登校している学生を前に、疲れきった足を隠すようにできるだけビシッと立つ。


「おはようございます」


そんな俺に気のいい学生達は俺に向けて挨拶をする。

その挨拶を出来るだけ爽やかに挨拶をしているが、足の痛みに明らかに顔をひきつらせている。


朝は憂鬱だ。

滅多にここから車が入ってこないこの工事現場に立たされている俺にやることなどない。やることがなければ、気にするのは通行人。

通行人がいなければ、痛い足をこっそり休ませることができる。

俺は過ぎ去って行く通行人にできるだけ爽やかに挨拶を返す。

時折、登校が憂鬱なのか、顔が沈んでいる学生もちらほらと見かける。

しかし、自分の足の限界を感じていた俺は、そんなことを考える余裕などない。

あちらから挨拶をしてきていないにも関わらず、なりふり構わず挨拶を始める。


「おはようございます」


登校時刻はとうに過ぎているであろう時間。

目の前を暗い顔で通りすぎようとしている女子高校生に挨拶をする。

足の痛みを隠すように、笑顔で、さわやかに。

しかし、俺のその挨拶を聞いたであろう女子高校生は俺の前で立ち止まった。


「お…よ…ご…ます…」


小さな声で呟いた女の子は、俺のほうを見ることもなく、俺に返事を返した。

俺の返事を待っているかのように立ち止まったまま動かない女子高校生に、俺は、再び返事をする。


「はい。おはようございます」


2回目の挨拶をする俺にも関わらず、女子高校生は、その場から立ち去ろうとはしない。

不思議に思った俺であるが、強烈な足の痛みに、その疑問すらもどこかへ飛んで行く。


(早く行ってくれ…)


俺は心の中でそう唱える。

こいつがそのまま歩みを進めたのであれば、他に通行人はいない。

車が来る気配も感じないので、自分はこの女の子がいなくなれば、サボることができるのだ。

しかし、そんな願いも虚しく、女子高校生は、俺に何かを呟いているようだ。

聞き取りにくい女子高校生の声に俺は思わず耳を澄ませる。


「な…なんで、私なんかに挨拶を…」


その女子高校生は俺に聞いてほしいのかわからないぐらいの音量で呟いている。

どうやら、俺がこの子に挨拶したことがこの子の中では疑問のようだ。

俺は、話しが長くなってしまうことを予測し、その子の呟きをわざと聞いていないかのように、顔を背けるが、女の子は、今度は俺に聞こえる音量で同じ問いを俺に繰り返した。

これは、さすがに無視することはできず、適当に理由を述べた。


「…この看板にあるように、住民の皆様の協力があり、この公園の一角を借りて工事をしています。なので、極力近隣の皆様に、感謝の気持ちも込めて挨拶を…」


俺は左手のほうにある看板に目を落としつつ答えるが、その理由に納得がいっていない様子である女の子は、俺と同じく看板のほうに目を落とすも、俺のほうを見た。

その女の子の目は、髪で隠れ、さながらホラー映画で出てくる幽霊のような髪型をしていたが、隙間から見える瞳は大きく、澄んでいる。


「私…臭いですか?」


突飛よしもない女子高校生のその子の質問に、俺はなんて返そうかと一瞬考える。

ここでもし、いい匂いですよ。など言おうものなら、この工事現場どころか俺の首が飛ぶ可能性もある。

最近流行りの事案というやつになってしまう可能性も考慮して、俺は答えた。


「匂いなんて何も感じないですよ…」


女子高校生に言われ、付近の香りを確かめたが、それが真実であった。

俺の鼻が悪い可能性も考慮できるが、どちらかといえば足が痛くてそれどころではない。


「そ、そう…明日もあなたはいるの?」


「え…えぇまあ…」


「何時から?」


「現場入りは7時からですね…」


「あなたの名前は?」


「速瀬です…」


急に圧を強めた女の子は、何かスイッチが入ったのか俺に質問責めをする。

もうとうに授業など始まっている時間だろう。それを気にも留めないのか、立ち去る様子は一向にない。

足の痛みは強まっていく。俺は耐えきれず、足をくるくるとこっそり回す。


「苗字じゃなくて、名前はなんていうの?」


「浩司です…」


「どんな漢字を書くの?」


その説明をわざわざするのも面倒だったので、俺は胸に下げてあったネームプレートに手をかける。

それを女の子のほうに見るよう指示をした。

そのネームプレートをまじまじと見つめている女の子は、俺のほうに歩み寄り、ついには胸に顔をつけるかのような近距離にまで来ている。

俺は、思わず一歩後ろに下がった。


「どうして後ろに下がるの?臭くないって言ったじゃない」


「いや…匂いがどうとかではなく、近いので…」


ただ単に俺は、恥ずかしいだけだったのだ。

俺は顔を逸らし、女子高校生から目線を外した。

その俺の行動に不満を覚えたのか、膨れたような声を出す女の子。


「ふーん…エビデンス警備保障ね…聞いたことないけど…」


ネームプレートに書かれていたことはきちんと女の子に伝わっていたようだった。

そんな女子高校生の言葉に俺は焦りを覚える。

もしかしてこいつは俺の警備会社にクレームを入れてくるかもしれない。

そうなれば、俺の首は忽ち飛んでしまうだろう。

どうにかしてこの女子高校生の機嫌をとらなければならないと考えた俺は必死にフォローのつもりで女子高校生を見つめ、弁解する。


「あ…あの…本当に臭くなんてないですよ。それどころかいい匂いですって…」


焦りの余り、先ほど絶対に言わないと決めていたワードを口にしていた。

発言が終わったあと気づいた俺も、これで俺の人生は終わりだと絶望する。

しかし、俺の発言を聞いた後、女子高校生は一歩後ろに下がり、俺から顔を背けると、体をくねくねさせ、照れた様子を見せる。


「ご…ごめんなさい…。あの…また来るから…」


俺はそんな女子高校生の反応にも勘違いをし、次の日からのことを頭で考える。

明日は恐らく捕まって、独房の中にいるであろう自分を想像する。

俺の人生は終わったのだ。


足の痛みと共にやってくる頭痛に、顔を顰めると、車の通らない道路を歩く女子高校生の1人の後ろ姿を眺めるしか、今の俺にはできなかった。









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