ウニャ・デ・ガトの話① 『Uno !!!!!』

 ウニャ・デ・ガトは演技派です。それを聞き、年相応にパァッと瞳を輝かせ、八重歯の覗く開いた口に笑みを浮かべ──誤魔化すように咳をしたあと。


「──オジサン、ミィも《ジニアスタ闘技場》で決闘士グラディエーターになるつもりだったんダ。デモデモ、オトーサンが生きてて嬉しい!ホントは、イマすぐ会いたいケド……まだまだ未熟だから、冒険者になってシュギョーしてくるネ!」


 咄嗟にその場しのぎの言葉を吐き出し、病室に置いていた数少ない私物の入った背負い袋を引っ掴んで外に出ると、そのまま街の外へと駆け出したのです!




 しばらく走って倒れ込んだところで、背負い袋からあのマスク──〈マスカラ・デ・アルマ〉を取り出して装着すると、

 焦りや父への恐怖は消えていき、胸のつかえが小さくなっていくのを感じていました。

 周囲に人影はなく、青く遠い空の下に、むかし見かけた気がする蝶が飛んでいるだけです。

 仰向けに転がり、お気に入りだったリボンと同じ色のそれを眺めながら、ウニャ・デ・ガトは考えます。


  また苦痛の中に身を投じる決闘士グラディエーターになって何をしたいのかも、なぜ冒険者になると口走ったのかもわかりません。

 ですが「あの父を闘技場リングで打ち倒し、トドメを刺さなければ」と、

 拳闘士ルチャドーラとなってしまった少女は決意したのでした……。




 空腹のあまり倒れそうになりながらも《“導きの港”ハーヴェス王国》へたどり着いたウニャ・デ・ガトでしたが、

 街の人々は怪訝そうな顔で遠巻きに見守ったり、小さな悲鳴と共に道を譲ったりしていました。

 そういえばあの魚人サハギンもこのマスクを見て同じような顔をしていたなと苦笑しつつ、


 ──とりあえず腹を満たすために食い逃げを実行しました。捕まりました!

 投獄され、警備兵に怒られながらもウニャ・デ・ガトは嬉しそうにニャハニャハ笑っていました。最初からこれが目的だったのです。

 あまりに嬉しそうに笑う彼女を警戒してか、距離をとった警備兵がおそるおそる食い逃げに至った理由を聞けば、


 「ルーダはこういうケーレキがあった方がスパイスになるんだよネ!」


 と答え、背負い袋の中に代金の3倍分ぐらいガメル入ってるからお店のひとに渡してきてヨ♡と付け足します。

 それからまた、ニャハニャハニャハと笑い転げていました。

 その姿を見た警備兵はウニャ・デ・ガトをかわいそうな目で見て、すぐに同僚や上司に相談しに行きました。


 投獄されたのになんだかすごく楽しくて笑ってしまうのは、奴隷時代に抑えてきた感情の反動なのかも?

 ……と、それっぽい理由で自分を納得させたウニャ・デ・ガトは、これからの予定を大まかに立てていきます。

 ここから釈放されたら冒険者の店に登録して、依頼をこなしながら自身を鍛えて……。

 ある程度整ったら《ハーヴェス》を起ち、各地の拳闘士グラップラーの道場を巡り、技を磨いて……。


 そしていつかジニアスタ闘技場で名を上げて、やってきた父を悪玉ルーダとして討つ。

 完璧な計画ネ!と、彼女はニャハニャハ笑いました。




 あの日、冒険者部隊や王国軍がタイミングよく突撃してきたことを、彼女は不審に思っていました。

 もしかしたら、私が観客を熱中させている間に準備を済ませ、気が緩む瞬間を狙うために……。


 ──そう考えたところで、自分が犯した罪がどうにかなるわけではないのを、彼女は理解していました。

 なにより父が、幼いドーラに言っていた事をずっと覚えていました。

 時に悪夢として彼女を苛む母の最期の言葉と共に、その言葉をずっと覚えていました。


 「いいかい、拳闘士ルチャドーラはいい子の味方なんだ。拳闘士ルチャドーラになるなら、善玉テクニカ悪玉ルーダのどちらを目指すにしても、大事なひとを傷付けちゃいけないよ。もし傷付けたのなら……」




 ──だからこそ、わるい子であるウニャ・デ・ガトは悪玉ルーダ頂天に輝くものスペルエストレージャとして、いい子の味方テクニコ頂天に輝くものスペルエストレージャと対峙するしかないのです。


奪った他者の命と自身の命を、

償いと安らぎを賭けてMáscara Contra Alivio

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