第168話 再会


 あのグフトックのラインベール家が、上級鑑定師の家系だと知った俺は、しぶしぶ彼の実家を訪れた。

 もちろん、グフトックと会うのは久しぶりだし、できればもう会いたくなんてなかった。

 だが、それも上級鑑定を手に入れるためだ。


「よう……グフトック」

「お前は……ロインか……!?」


 俺が顔を出すと、グフトックは幽霊を見たかのごとく驚いた。

 まあ当然だろう。今や俺は一国の主として、数千万もの民を束ねる身だ。

 一方でグフトックは腕が腐り、病床に伏している。


 昔のグフトックならばここで俺にいちゃもんをつけてきたはずだが……。

 今のグフトックは俺を呆けた顔で見つめながら、口をパクパクさせているだけだ。

 もはや俺に突っかかるほどの元気さえないのだろうか。


「はは……ロイン、お前が王なのか……。立派になってもんだ……」


 グフトックはどこかあきらめたような表情でそう笑った。

 もしかして俺が復讐のために殺しにきたとでも思ってるのか?

 だとしたら見当違いもいいところだ。


「そういうグフトックは……大変そうだな……」


 いくら彼のした行いが愚かだったとはいえ、今の姿は見るに堪えない。

 昔の俺ならざまぁ見ろとも思っただろうが、正直今は気の毒な気持ちが勝つ。

 今やすべてを手に入れ、世界の命運を背負う俺にとって、もはや昔のいざこざなどどうでもよかった。


「い、今更王様が俺になんのようなんだ……お前に見られても、余計に惨めなだけだ……」


 グフトックは俺を直視しないように体を背けた。


「いや、今日はグフトック。お前に頼みがあって来たんだ」

「は……? 俺に頼みだと……? こんな俺に頼み事を……?」

「ああそうだ。お前にしかできないことなんだ」

「い、言ってることがわかんねぇな……」





【グフトック視点※三人称】



「お前に頼みがあって来た。お前にしかできないことなんだ」


 ロインの吐いたその言葉に、グフトックは動揺を隠せなかった。

 まず意味が分からない、というのが彼の抱いた感想だ。

 腕を失い、気力も体力も失って、ボロボロになったグフトックを見て、ロインはそんなことを言った。


(この俺になにができるっていうんだ……?)


 すべてを失ったグフトックにとって、これはこの上なくうれしい言葉だった。

 誰からも必要とされず、親からもゴミのように扱われ――もはや人生を投げ出していたグフトック。

 だがそんな彼も、本心では再起を望んでいた。


 自分の過去の行いを反省し、それを恥じ、できるならもう一度やり直したいとまで思っていたのだ。

 だがそれは叶いそうもなかった。

 そんなときに、ロインが現れた。

 グフトックからすれば、このときのロインは王ではなく、むしろ神のように見えていただろう。


「ほ、本当に俺でいいのか……?」

「いや……だからお前じゃないとだめだって言ってるんだが……」


 ロインからすれば、上級鑑定を手に入れるために当たり前のことを言っているだけなのだが――グフトックにはその言葉がなによりもありがたかった。

 誰にも求められていなかった、グフトックの乾いた心に、ロインの言葉が水のように染みわたる。


「一応お前の両親にも頼んだんだけど……二人とももうお歳だし、魔力や気力の量的にも厳しいんだ」


 グフトックにはロインの言ってることがわからなかったが、とにかく何でも引き受けようと決めていた。


「お、俺は……ロイン。お前にひどいことをしたんだぞ……?」

「ああ、それは知ってる。だが昔のことだ。それに……お前もかなりひどい目にあってるみたいだし……」


 ロインにもグフトックを恨む気持ちが、ないわけではなかった。

 だが今の気の毒なまでに弱ったグフトックを見て、なにかを言う気にはなれなかったのだ。


「お、俺を許してくれるのか……? こんなに最低な俺を……?」

「許すっていうか……うーんそうだなぁ。悪いと思ってるなら、なおさら手を貸してくれ」


 ロインのその言葉を、グフトックは自分に課せられた贖罪の機会だと考えた。


「こ、こんな俺にもう一度チャンスをくれるっていうのか……?」

「やってくれるか?」


 だがグフトックには、まだもう一つ気になっていることがあった。


「で、でも……俺はお前に借金もしているんだ……。それだって返さなくちゃいけないだろう?」

「あー、そうだったっけ……? まあお金ならいくらでもあるし別にいいんだけど……そうだ。じゃあ手伝ってくれたら、残りの借金はその賃金ってことにすればいい」

「そ、そこまで俺にしてくれるのか……!? ろ、ロイン……いや……ロイン王。なんて器のでかい人間なんだ……!」


 グフトックは申し訳なさと感謝の気持ちで、涙をあふれさせた。


「あ、それから……その腕と身体じゃ、やれることもやれないだろ? ほら」

「こ、これは……!?」


 ロインがグフトックに手渡したのは、なんとパーフェクトエリクサーだった。

 体中の不具合をすべて完全に治してくれる奇跡の回復アイテム。


「い、いいのか……!? こんなレアアイテム……!? 二度と手に入らないだろ!?」

「うん、いいんだ(いくらでも手に入るから)」

「あ、ありがてぇ……ありがてぇ……ロイン王……俺は一生あんたについていきます……!」


 グフトックは涙を流しながらエリクサーを使用した。

 これでもう一度、人生をやり直すことができる。

 そのことに心から感謝し、ロインに頭を下げた。

 もう二度と失敗は犯さない。

 これからはまっとうに、助けてくれたロインのために生きようと誓うグフトックであった。

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