第120話 謝礼


 工房へ通ったり、彼女たちと休息をしていた俺に、ある日異国からの使者が訪ねてきた。


「ロイン陛下にお目通り願いたい!」


 兵士、というよりはさらに身軽な恰好をした使者が、そう言って駆け込んできたのだ。

 その男を、アルトヴェールの兵士たちが取り囲む。


「ロイン様は今休暇の身、差し控えてもらおうか」

「そ、そんな……」


 だが俺は、そんな兵士たちに手をすっと掲げて合図する。


「大丈夫だ。通してやってくれ」

「は! わかりました!」

「ありがとうございます……!」


 男は礼を言って俺の前にひざまずいた。


「それで、なんの用なんだ?」

「私は、ヨルガストン帝国から参りました!」

「ヨルガストン帝国……」


 ヨルガストン帝国といえば、かつて俺が贈り物をした国でもある。

 そして、あの転生者によって襲撃を受けた街テンペストテッタも、ヨルガストン帝国だった。

 ということは、それ関連か……。

 テンペストテッタの街を転生者から救ったあと、俺はすぐにアルトヴェールに帰還したからな。

 そういえば、あの時テンペストテッタにいたヨルガストンの兵士たちに、顔を見られていたっけ。


「ロイン陛下! この度は、ぜひ我がヨルガストンの王が、貴殿にお会いしたいとのことで、参上つかまつりました!」

「ヨルガストンの王が? 俺に?」

「はい、テンペストテッタの街を救っていただいたお礼を差し上げたいと」

「なるほど……やっぱり俺だということは知れているのか」


 もともと、テンペストテッタの街から逃げてきた兵士に頼まれて行ったことだったしな。

 それに、あのとき街にいた兵士たちも王に報告をしたんだろう。

 俺としては、別に町が助かれば、それでいいと思っていたんだがな。

 別にわざわざヨルガストンに恩を着せにいったわけではないのだが。


「うーん、やはり行かないとまずいよな……」

「できれば、ご同行いただけると幸いでございます」


 さすがの俺も、その辺はわきまえている。

 一国の王の頼みを、無下にしたとあっては、我がアルトヴェールの評判も落ちるというものだ。

 国王というのは、巨大な権力の代わりに、そういった付き合いも大事なのだ。

 礼を言いたいと言ってくれているのに、それを断っては申し訳ない。

 それに、この伝令に来た男のメンツにもかかわるだろう。


「よし、じゃあちょっとヨルガストンに行くとするか」

「ありがたく存じます!」


 俺はすぐにまともな服に着替えた。

 国王同士で会うのに、ラフな冒険者の恰好というわけにもいかない。

 ケイン王なら友人であるからまだしも、ヨルガストンの王とはまだ深い仲にはなっていない。


「よし、じゃあ俺につかまってくれるか?」

「はい……?」


 俺はヨルガストンの兵に、そう言って手を差し出した。

 男はきょとんとした顔で、こっちを見ている。


「そ、その……馬車でしたらこちらで外にご用意しておりますが……」

「あ、いや……そういうの面倒だから、俺につかまってくれ」

「は、はい……」


 そして俺は彼の手を取って、唱えた。


「転移――! ヨルガストンへ!」

「わ……!」


 俺とヨルガストン兵は、あっという間にヨルガストンの帝都にやってきた。

 男はまわりをきょろきょろと見まわし、信じられないという顔で俺を見た。


「ろ、ロイン陛下……こ、これはいったい……」

「ああ、俺の転移スキルだよ。こっちのほうがいいだろ? どうせ礼を一言言われたらすぐに帰るつもりだ」

「す、すごいです……さすがはロイン陛下。このような神業も可能だなんて……」

「まあ、大したことじゃないよ。これのおかげで街を救えたのもあるし」


 俺はそう謙遜したが、男はずっと俺のことを尊敬のまなざしで見てきた。

 そしてヨルガストン王宮へと案内してくれるさなかも、ずっと俺をほめたたえてきた。


「ではロイン陛下、こちらがヨルガストン王への謁見の広間でございます。王はすでに中でロイン王にお会いできるのを楽しみにお待ちになっておられます」

「そうか、ありがとう」


 俺は王のいるという部屋の扉を開いた。

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