第12話 緊急クエスト
グフトックたちに絡まれた翌日、俺は少しいつもと時間を変えてギルドを訪れた。
またあいつらに絡まれると厄介だ。
なるべく人の少ない時間を狙って行く。
「あ、ロインさん……!」
「サリナさん、どうも」
珍しいことに、俺がギルドに入るなりサリナさんが俺に声をかけてきた。
さらには不思議なことに、思った以上に人がいる。
どころか、クエストボードのまわりには軽い人だかりができている。
これは……ただ事ではない
「サリナさん……これは……なにかあったんですか?」
「はい……それが、その……。ロインさんはグフトックさんとお知り合いでしたよね?」
「え、ええまあ……」
正直、知り合いとカウントしていいものかどうかという感じではあるが……。
あんな男と知り合いというだけで、少し嫌な感じだ。
「その、昨日からグフトックさんたちが戻ってきていないんです!」
「え……?」
通常クエストは、一日で終わるものがほとんどだ。
もし数日がかりのクエストになるとしても、いったん戻ってきてギルドに報告を入れるのが決まりになっている。
遠くのクエストなどはそもそも、その地域のギルドでしか受けられない。
だから基本的には、クエストはどれも近場で行えるものばかり。
それに、もし数日がかりでてこずるようであれば、それは冒険者ランクとクエストのランクが釣り合っていないだけのことが多い。
なので基本的に冒険者は、その日の内にいったんかえって来る。
これはギルドがなによりも人命の安全を優先しているからだ。
もし冒険者が帰ってこないということは、帰れないような危険に陥っているか、死んだかである。
「そ、それってかなりヤバいんじゃ……」
「はい、そうです。ギルドでは今、緊急クエストを発行しています」
「緊急クエスト……」
もしこういうことがあった場合、クエストボードに緊急クエストが張り出される。
文字通り緊急を要するクエストのことで、ようはまあ、救助にいってくれということだ。
だが、どうやらグフトックたちが帰ってきていないということは、まだ誰も救助に成功していないということになる。
「それでこの人だかりですか……」
「そうなんです。でも……なかなか難しくて」
「……というと?」
「えー、あー……非常に言いにくいんですけどね」
サリナさんはばつの悪そうな顔をする。
俺が元グフトックの仲間だからと、グフトックのことを言うのをためらっているようすだ。
そんなことは気にする必要はないのにな。
「大丈夫ですよ。俺はグフトックになんの思い入れもないので、ずばっと言っちゃってください」
「そ、そうですか……では」
とサリナさんは話を始めた。
「グフトックさんって、その……あの性格ですから、あまり好かれてはいないんですよ」
「あー、まあ……でしょうね」
俺以外にもあいつに横暴な態度をとられた冒険者は大勢いるというわけか。
そりゃああんな嫌われ者を、命がけで助けに行くようなヤツは少ないだろうな。
「なので、緊急クエストの情報を聴いて人は集まってはくるんですけど……。みなさんクエストを受けるか決めあぐねている状況で……」
「ああ……そういうことですか……」
緊急クエストといえば、報酬もそれなりに多い。
もちろんその報酬はギルド側ではなく、助けられた冒険者側が、助けた側に支払うものなのだが。
なのでいくらグフトックが嫌われていても、報酬欲しさに誰か飛びつくだろうと思うのだが。
こうも誰もクエストを受けないというのは、非常に珍しい。
もしかしたら、グフトックは俺が思う以上に嫌われているのか?
いや、しかし俺のように直接暴力を振るわれたヤツは少ないだろうし。
やっぱりこの状況は異常と言える。
「それにしても、誰もクエストを受けないのは変ですね」
俺は疑問をサリナさんにぶつける。
「それが……午前に、一組だけクエストを受けてくれた方々がいたんです」
「ほう……それで……?」
まあ、そういう親切な奴はいるんだろう。
だが、それでもまだ緊急クエストが張り出されているということは。
彼らが失敗したということを表す。
「彼らはAランクパーティーだったんです。でも……」
「でも……?」
サリナさんはとても神妙な顔つきで話した。
俺は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「全員、瀕死の状態でなんとか帰ってきたんです……。救出には、失敗しました……」
「な、なんだって……!? え、Aランクパーティーが……全滅……!?」
グフトックたちが挑める相手なんて、せいぜいたかが知れている。
そんな敵、Aランクなら瞬殺だろう。
グフトックたちは……いったいどんな危険なクエストを受けたんだ……?
だがAランクパーティーが全滅となると、他に戦えるのは……。
それこそSランクしかいなくなる。
そのせいでみんな敵に怯え、ああやってクエストボードのまわりでたむろしているわけか。
みんな緊急クエストに興味はあるが、グフトックたちのためにそこまでの危険を冒す奴はいないという状況。
「戻って来た彼らの情報によると、敵は超巨大なエルダーゴーレムだそうです」
「巨大ゴーレムだって……!?」
そう、俺には心当たりがあった。
先日俺が倒した通常種のゴーレムも、通常のゴーレムよりずいぶん大きな存在だった。
ゴーレムの一斉巨大化……きいたことないが、そんな話。
エルダーゴーレムはただでさえ強大な敵だ。
そんなヤツが巨大化していたら、そりゃあAランクパーティーでも苦戦する。
「で……俺にそんな話を振ってきたって、ことは……」
「そうです、ロインさんなら……あるいは……と」
まったくサリナさんは俺を過大評価しすぎだ。
いくら最近の俺が活躍しているからって、俺は最近までスライムすら倒せなかった男だぞ。
そんな男を捕まえて、Aランクパーティーですら倒せなかった強敵をソロで狩ってこいなんて無茶がすぎる。
「サリナさん、からかわないでくださいよ。俺には無理です。それに……俺はグフトックを助ける義理もない。正直、アイツとはいろいろあるんです……」
「そう……ですよね……ロインさんの気持ちは……わかります」
サリナさんはすごく残念そうな顔で落ち込んだ。
正直、彼女のそんな顔は見たくない。
だが……それ以上に俺は、グフトックなんかの為に命を張ろうとは思えなかった。
「すまないサリナさん……。俺には、ムリだ。他を当たってくれ」
俺はその場を立ち去る。
だが、少しだけモヤモヤした気持ちが尾を引いていた。
なかなかギルドから立ち去る気になれず、例によって俺もクエストボードの前をうろうろする。
そんな俺に、声をかけてくる人物がいた。
サリナさんとは別の受付嬢。
彼女の同僚だ。
たしか、サリナさんとは普段から仲良さげに喋っている女性だ。
「ねえねえロインさん」
「は、はい……俺に、なにかようですか? 緊急クエストの件なら、既にききましたけど……」
「それがね、サリナ、落ち込んでたでしょ?」
「え、ええまあ……」
確かに、少し不自然な落ち込み方だったかなとは思う。
まるで、自分にも非があるような……。
「実はね、ここだけの話。例のクエストの責任者は彼女なのよ」
「え……」
「エルダーゴーレムの討伐クエストの難易度を決定したのもサリナ。そして受付たのも彼女なの。だから、その……このままグフトックさんたちが帰らなければ、彼女の責任も問われることになるわ」
「そんな馬鹿な……!」
「ええ……でも、それが決まりなの。このままだと、彼女はクビか減給は免れないでしょうね。残念だけど」
「……で、それを俺に話して、どうする気ですか……?」
「あなた、彼女のこと少しいいと思ってるでしょ?」
「う……なんでそれを……」
正直、図星だった。
別に好きというわけではないけど……。
サリナさんは俺が困っているときに、毛布をくれた人だ。
そんな人が困っていたら、俺も力になりたいに決まっていた。
「あーもう! わかりましたよ! 俺がいきます! クエストを受けますよ!」
「ほんと……!? やったー! ねえサリナ! ロインさん、クエスト受けるって!」
まあ、初めからそうなる気はしていた……。
どっちみち、俺はあのグフトックとの妙な縁が切れないのだ。
そうして俺は、単身でこの緊急クエストに挑むこととなった。
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