蝶は羽ばたき、水の泡を見る

岡山ユカ

第1話 私に従って

 「緊急事態です」

 あぁ、今日も出たんだ。

 テレパシーで聞こえる魔法警察最高責任者の声が。

 いつになったら終わるのだろう。

 「今日の午前四時。イーストグリムの一軒家にて」

 もう分かりきっている。

 お父さんとお母さんの時代から始まったのか。

 おじいちゃんとおばあちゃんの時代から始まったのか分からない惨劇。

 惨劇って言う話ではないような、あるような気がするけど。

 「そこに住む二十代の男性が首吊り死体で見つかりました」

 絶えることのない自殺する人たち。

 それは無差別で年代も別…自殺者全員に共通点はない。

 いつになったらこのテレパシーが終わるのだろう。もう緊急事態でも何でもない。

 もはや恒例になってきている…恒例になってはいけないのだろうけど。

 もうこのテレパシーでさえ…こう思ってはいけないのだけど…うんざりになってきている…早く終わらないかな。むしろ…僕は…こんなテレパシーに興味なんてない。

 むしろ僕は…頑張らないといけないのだから。

 僕が頑張って…家庭を引っ張っていかないといけないんだ。

 僕が…僕が…。

 「…今日も…か…」

 僕はデスティネ・マレディ。…魔法学校の三年生で後輩に才能の面で負けている落ちこぼれだ。とは言ってもそれで苛まれたりすることはない。むしろ仲のいい友達だっている。別に学校生活はそこまで不便ではなかった。一つだけの問題を除けば。

 僕のいる世界は魔法が全て。魔法が使えなかったら魔法使い…いや人間としても見られないかなり理不尽な世界だった。僕はこの世界が嫌い。魔法が全てとされる世界…もちろん最高議会…政治員になるのも魔法の実力も試されていた。魔法が得意な人間には生きやすく、魔法が使えない人間にとっては生きにくい世界。つまり不平等を象徴している世界でもある。

 …もうほとんど察していると思うが僕の家庭は落ちこぼれだ。僕以外のみんなが全員…魔法が使えない。だから人間として認められず世間からの目を逃れる日々…その中で僕が生まれた。僕という希望が。…僕はこの世界の政治を変えたい。世界にも認められる最高責任者になって僕の家族が生きていくのが楽な世界を作る。だから僕は才能を磨いていくしかない。政治員…世界の最高責任者にもなれるぐらいの知識と魔法の才能を…持たないといけない。蓄積しないといけない。僕にとって家族の期待の視線はプレッシャーでしかないけど…僕はそれしか道がないように思える。それ以外の道は家族が閉ざしてしまった。でも、僕自体そこまで家族が嫌いというわけでもないし、僕が頑張れば少しでも親孝行になれるかなと思ってこの国の中で最高峰の聖グリモワール高等魔法アカデミーに通っている。でもその中で僕は下位の魔法使い。これでは家族の期待を裏切ってしまう。…裏切った時、家族に何を言われるかわからない。もしかしたら今連続している、自殺者の一員になってしまうかもしれない。僕のせいで死んだとか言われたら僕までも自殺してしまうかもしれない…家族が死ぬのも嫌ではあるが僕自身も死にたくない。

 「うわ〜…またかよ…。ティネ。どう思う?」

 「毎日で珍しい感じがなくなってきた。というかリチュエル。僕にいつも意見求めるのはやめてくれないか」

 「え〜なんでだよ。同胞だろ?」

 「同じにするな」

 こいつはリチュエル・タブー。僕と同じにしているのはこいつは僕と同レベルであるからだと思われる。同レベルにされては困る。僕はもっと上にならないといけないから。最低でも僕はこの学校で最高峰にならなければならない。これ以上犠牲者を増やされて僕に責任が来たら…悪い想像だけはやめよう。何をやっても僕につきまとってくる。こいつは僕のことを友達だと思っているのだろうが僕は別にこいつのことをどうとも思っていない。そもそもこいつに使う時間がもったいない。こいつに使うぐらいなら魔法の練習や勉強に使うのほうがもっといい。それなのにこいつがつきまとってくるせいで時間の有効活用が出来ていない。…どうしてくれるんだよ。

 「毎度言いますが「魔女」には注意してください。魔女の言葉に耳を傾けてはいけません。怪しい女性がいたらすぐさま逃げてください」

 「魔女っていつまでいるんだよ…とっとと魔女狩りは魔女を処刑してくれよ…」

 魔女という言葉…それは僕は、みんなは何回も聞いている。魔女…人の心に魅入り人を滅亡へと導く存在だとされている。魔女は忌むべき存在であり、この世に存在していけない存在だとされている。基本的に魔法の中でも禁忌の領域に入っており、悪魔に近い魔力量から考えられないような威力を有する魔法を容易に扱うことが出来ると言われている。魔女相手に一人で挑むのは馬鹿の極みであるとされている。魔女は悪魔に近い種族であり、悪魔に人間一人が勝てるはずがない。つまりそういうことだ。…僕は存在を信じていないのだけど…。

 魔女の悪事…それは頭を悩ませており、魔女をかるため「魔女狩り」という組織が作られた。魔女は不老不死の存在であるため狩らなければ永続的に悪事をするため、魔女狩りの存在が必要不可欠になっている。魔女は不老不死だが特殊な方法であるなら殺すことが出来るので半不老不死と言ったほうが正しいのかもしれない。だけど魔女狩り以外魔女の殺し方は分からないのだそう。魔女狩りは別名魔法警察特殊機動隊とも言われる。つまりさっきのテレパシーアナウンスもその組織の最高責任者が言っていたことだ。というかそもそも魔女の仕業という確定的な証拠はあるのだろうか?って思っている…。証拠がなくて魔女の仕業と決めつけるのもなかなか理不尽だと思うが。…まぁ、そこは僕には関係のないことだ。

 「それでは魔女に気をつけて帰ってください」

 「「「「はい〜」」」」

 帰り道はいつも一人。家族は遠いところに住んでいるから借りている寮で僕は一日を過ごしている。別に寂しいと思ったことはない。だけどよく家族から毎日のように電話がかかってくる。…心配性すぎるし、過保護すぎる。常に僕がいないと成り立たないのかあの家庭は。でも僕がいつか子供を持つ時が来たら僕もああなるのだろうか。親にとっての子供がどういう存在なのか僕には何もわからないのだから。

 「…ふぅ…」

 放課後は寮に戻って買い物をしないといけない。晩ごはん…自分で作らないといけないのだ。料理はできないというわけではないので不便もない。とりあえず買い物に出かけないといけない。…買い物かごを持ち、箒で商店街まで行かなければいけない。魔法使いなのだから箒で空を飛ぶのは当たり前で基礎中の基礎だ。この学校に通う生徒なら誰でも出来る。瞬速で商店街に行き、速攻で家に帰ろう。僕は箒のスピードを限界まで早くした。Gがかかりそうだがそこは魔力のバリアで大丈夫だ。

 「これぐらいでいいかな」

 商店街で晩御飯の材料を買って箒にまたがる。また瞬速で家に帰る。時間はあまり無駄にしたくない主義なのだ。家族が期待しているのだからそれを裏切らないためにも時間は有効活用していかなければ確実に冷めた目線が僕の方に向く。…僕にもっと才能があればこんな苦労をしなくても済んでいたのか?

 僕はアカデミーの中でも下位クラスの魔法使い。優秀な後輩に負けてしまうほどの実力でこれでは政府員になるなんて不可能とまでも言われた。そもそも「才能が足りていないんだよ」とまで…政府員に就任できなかったら…僕は家族からなんて言われるんだろう…恐ろしくて仕方がない…。…もっと僕に才能があれば…僕は先生から「不可能」なんて言葉を使わせずに済んだのか?…才能がほしい…魔法の才能が…政府員に認められるほどの才能がほしい…!

 「呼んだかしらぁ?」

 え?…だ…誰だ?

 「才能がほしいのならぁ…私が協力してあげてもいいわよぉ」

 目に見える景色が暗転して別の景色が見えてきた。ここではない知らない場所に…僕はいるのだろうか…。というか…誰だ…?僕に語りかけているのは…。

 「ようこそぉ…。私はこの図書館の管理人よぉ」

 「あ…貴方は…?」

 美しいすぎる女性が僕の目の前に座っていた。美しくて見とれてしまうほどに…。でも同時に…謎の笑みに僕は恐怖を覚える…。恐怖を覚えているからこそ見とれてしまうのかもしれない…。そして…逃げることが出来ない。足が何故か動かない。魔法の類を受けたわけではない…魔力を感じないし、魔法陣も何も出ていない。精神状態が不安定になっているから…足が思うように動かないのか…?どう…しよう…。この人のことを…少し…知りたい。好きだからではない…好奇心が…無意識に…。

 「安心してぇ…。私は貴方を取って食うわけじゃないからぁ」

 「…あの…名前を聞いているのですが…」

 「あらぁ?そんなに私の名前が聞きたいのかしらぁ?」

 いや、怖いから何者か断定するために名前を聞きたいだけなのだが。興味があるというわけではない。見とれてはいるが好きというわけではない。

 「私はライ。ライ・バタフライよぉ。これで満足かしらぁ?」

 「あ…は、はい…」

 「ふふ…🎶私、貴方の名前も知りたいわぁ。教えてくれないかしらぁ?」

 ずっと笑顔を僕に向けている。なんだか美しくて、そしてどうしてずっと笑顔のまま僕の方を向いているのか…。…というか…答えないと…。一応僕の質問にも答えてくれたのだから。

 「デスティネ・マレディ…と申します」

 「デスティネというのねぇ…可愛い名前ねぇ…」

 なんだか変わった口調をする女性だ。そこも謎を深めている要因だと思われる。…僕は何をされるのだろうか…?そう言えば確か…才能がほしいのなら協力してあげると…言っていたような気がする…。本当に協力してくれるのか…?

 「あの…貴方は…僕に協力してくれるのですか?」

 「あらぁ。貴方が私に協力してくれれば考えなくもないわよぉ」

 …ろくでもないことを頼ませてきそうな人だ。やっぱりここは断って…。

 「安心しなさぃ…そこまで難しいことでも残酷なことでもないのだからぁ」

 「つまり…誰でも出来る簡単なこと…ですか?」

 「えぇ。殺人をやれとか盗みを働けとかそういう命令はしないわよぉ」

 …というかこの人に協力すると言っても一体何をすればいいんだ?簡単とか言ってもこれはこの人にとっての簡単の基準で…。

 「誰でも簡単だと思えるからねぇ。貴方も出来ると思うわよぉ」

 「…内容は…」

 「ふふ…🎶私に従ってくれれば才能をあげるわよぉ」

 …従う?仕える…という意味か?この図書館の管理を任されるとか…?

 「違うわよぉ。ただ私が指示した通りに動けばいいだけよぉ。一回指示をこなしたら才能をあげるぅ。何回も私は指示するからそれを達成するごとに才能をあげてあげるわよぉ。もしかしたら世界で最高峰…いいえ…一番の魔法使いになれるかもよぉ?」

 …世界で一番の魔法使い…それなら…家族の期待にも答えられる。裏切らずに済む!僕のプレッシャーからも解放される…!こんなにも…いい話はない…でもこういう話に限って大体詐欺なんだけど…。

 「詐欺じゃないわよぉ。詐欺だと信じたいのならこのチャンスはもうなくなるわよぉ」

 …もう逃げられない。だけど本当に詐欺ではないのなら僕にとって最初で最後のチャンスかも知れない。ライ…と名乗る女性…その人に従う。

 「…分かりました。僕は貴方に従います」

 「ふふ…それじゃあ契約成功ねぇ…☆」

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