第201話 明君

男はなんとも不遜な態度で、皇帝である我に対して言い放った。


「腰抜け」と。


影ではなんと言われてるかは知らないが、面と向かって我を罵倒してきた人間は、父を除いて初めてである。



自分が父のような『名君』と呼ばれていないのは確かだが、そんな事は承知している。

それでも一切構わない。


我が何と言われようが、帝国の未来の発展と栄光を成す為ならば、甘んじて受け入れると覚悟していた。

全ては、帝国と我が子らの為。


我が子らが偉大な帝国を継ぐ為ならば、暴君と罵られようと暗君と陰口を叩かれようと委細かまわない。


我はあの男のような父親にはならない。

子を愛するのに差別するような男には。


確かに弟は、優しく優秀でカリスマがあり、君主になるべき才能を全て持って生まれてきたような男だった。


だが、弟が皇帝位に就けば父と同じ内政重視の統治を行なっていただろう。


それではダメだ。

年々増加するダンジョンに魔物や魔獣の被害。

原因の究明や対策は、依然不明のままである。


今は、平和が続くこの大陸であるが、将来人の生活圏を奪い合うようになる事は自明の理であろう。


我にできる事といえば、どんな汚名を被ろうが愛する弟と我が子らに『強く、偉大な帝国』を残すことだけである。



「ご本人からのぅ、神敵発言、頂きましたぁ!ありがとうございまーす!」


そう、その神が喚んだとされる不遜な男が声を上げると、拘束されていた姿が一瞬にして黒尽くめの姿へと変わった。


まさに、「死神……」そう呟いた。


男は、瞬く間に近くにいた兵士達を殺していった。


周りは喧騒に包まれる中、男と目が合った。

男の手の平に浮かぶドス黒い魔法陣に、遂にこの時が来たかと思ってしまった。

それもまた、良いかもしれん。

私はもう、疲れてしまった。


しかし、あぁ、出来る事なら、まだもう少しだけ、愛する者の為に……


死神の鎌がキラリと光った


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