第190話 俺のターン

ツェツィーリアと何となく気恥ずかしい気分で船を下りると、童貞が泣きながら俺達を待っていた。


「お前、何で泣いてんだよ……。ケツでも掘られたか?」


「掘られるかぁ!……裸にされて、全身隈なく触られただけだ。そんな事より!なんだよ、お前達!その空気感は!何があった!何があったか言え!言えよ、このヤロー!」


童貞のくせに、いや、童貞だからこそか?

カップルの醸し出し空気に敏感に反応する。


「おい、怖えよ!泣きながら迫ってくんなよ!」


顔を赤くしたツェツィーリアは下を向くばかり。


「お前は、お前だけは俺の仲間だと思ってたのにぃ〜」


「おい、お童貞なんかと一緒にすんなよ。失礼なヤツだな」


「お前は絶対女にモテないと思っていたのにぃ〜」


コイツ、相当失礼だな。


「これでも、女に困った事などないんだがな。言い寄ってくる女に苦労させられた事はままあるが」


「う、裏切り者ぉ〜!」


見てるコッチが心を痛めそうな程泣き崩れる童貞に、少しばかり同情する。


「元気出せよ、童貞。お前にはとびっきりイカした車を用意してやるから」


「ほ、本当か?グスン」


鼻水まで垂れながしやがって。


「ああ、目をかっぽじって良く見やがれ!お前に用意した最強のモテ車を!」


「おおーーっ!は?はぁ?はあぁぁぁあ!?」


童貞の目の前にポチった車をだしてやった。


「こ、これ、軽トラじゃねぇーかぁ!?このヤロー!ふざけんなクソ野郎!」


「まて、まぁ待てよ。お前が言いたい事は分かる。確かにコレは軽トラ農道のレクサスだ」


「見りゃあ分かんだよ!どっからどう見ても軽トラだかんな!」


「ああ、この世界の道路状況でもものともしない走破性能、優れた積載性、何より!このキャビンの狭さ!隣りとの距離感を想像してみろ」


「な、なん、だと……」


「隣りの女の子と密閉空間に密着した距離感。想像できるか?童貞よ」


「お、お前……。天才かよ……」


チョロい。


「内装はプレミアム仕様。運転初心者のお前にはATの方がいいだろう。パワフルな走行が出来るよう4WDにしておいた。お値段なんと100G。多少の足が出た分は俺が持ってやるよ、仲間だからな」


「おぉ〜、心の友よぉ〜!す、すまん、俺、俺!」

「いいんだよ、俺達、仲間だろ?」


「っ!お前ってヤツはぁーー!俺は!自分が恥ずかしい!」


確かにコイツは、どこに出しても恥ずかしいヤツである。


だが、悪いヤツじゃない。あと、結構使える。

それに、ツェツィーリアとあんな事になった俺は、ちょっとだけ罪悪感があった。


どうしても軽トラが気に入らなかった時用に、ちゃんとしたやつも用意しておいたのだが、初心者には勿体ないからな。


運転席に乗り込んでアチコチを触ってる童貞を生暖かく見ていると、背後にツェツィーリアちゃんが冷たい笑顔で立っていた。


「えっと、どうかした?」


「御使様はおモテになられるのですね?」


「は?」「女性に言い寄られてお困りになるほどおモテになるのでしょう?」


「いや、アレは言葉のあやっていうか、ね?」

「本当は他に想い人がいらっしゃるのでしょう?」


ゴクリとつい喉を鳴らしてしまう。


「別に責めてるわけではありませんよ?御使様のような方であれば、寧ろいない方が不自然です」


笑って誤魔化そうとかとも思ったが、真剣な彼女の目を見て話すことにした。


アイリーンの事、アイリーンが手を出させようとしていた聖女マリアンヌの事、手を出してないが美人未亡人を囲ってる事など。


「ならば、もう一人、私が増えるわけですね?」


ここで、否定や拒否ができる男がいるだろうか?

むしろ、それで良いと言ってくれるなら願ってもない話しである。


「こんな根無草のような男だぞ?いいのか?」


「責任をとってもらわないと」「うっ!」


ニコリと微笑むツェツィーリアは、ほんの少し前の乙女とは別人のようだった。




———つー事で、おばさんに伝えておいてくれ。


協商に残って鉄面皮おばさんの護衛をしているミルフにチャットで現状を報告させる。


協商からの依頼としては完了しているのだが、いまだ運営クエストが完了していないという事は、帝国はまだ湖周辺の土地を諦めていないという事だろう。

皇帝とその一派が、議会の決定を越えて裏で動いているらしい事を伝えた。


———つーか、ブラ珍さんよ、大丈夫なのか?


———俺は大丈夫だ。すこぶる調子良いぞ?


———アンタの心配じゃねーよ!そーじゃなくて、姉さんの事だよ!あれは、オコだぞ。相当にオコな状況だ。アンタが無茶ばっかりするから……


———それは……、マズイな……。


アイリーンも協商に残り、ベッケルの爺さんの護衛をしている。


———早いとこ切り上げて帰って来てくれないと、会う度に八つ当たりを食うの俺なんですけど?


正直ミルフの事などどうでもいい。

しかし参ったな、機嫌の悪いアイリーンに女連れて帰るなど自殺行為に等しい。


———アンタ、他所に女作って、よろしくやってんじゃねーだろうな?


ドキッ!童貞といい、素人童貞といい、なんて勘の鋭いヤツらだ!

童貞だと他人の色恋にセンシティブになるのか?


———死にたくなければ口を閉じてろ。俺は真面目に使命を果たしているんだ。童貞のままミンチにされたくなければ変な詮索は慎むんだな。


———それ、完全に黒じゃねーか!つーか、俺は童貞じゃねえ!つーか、お前!ふざけんなよ!


———アイリーンにバレたら、お前も道連れにしてやる。とにかく、念の為に対策しておくよう、おばさんに伝えておけ。以上だ!


———ちょっ、まて!コラ!


一方的にチャットを終わらせる。


ふぅ、とりあえず協商への義理は果たした。


後は、運営クエストをとっとと完了させなければ命に関わる。


俺は神の使徒として、使命を果たす!

例え、この手を血で染める事になろうと!

神をも恐れぬ不逞の輩に天罰を下さん!


「ヒッヒッヒッ、ついにザマァ展開開始だぜ。ここからは俺のターンだ!フハハハハ!」


急に笑い出した俺をツェツィーリアが訝しむが、童貞は軽トラに夢中で見向きもしなかった。

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