第191話 童貞師匠

「その爺さんは本当に信用できるのか?」


童貞が連絡を取り合っていたという人物が、この河川港のある街に向かっているので会って欲しいと言ってきた。


帝国魔導部隊の元隊長で、現在は宮廷魔導師の一人として齢98才にして現役バリバリの爺さんらしい。


「まぁ、大丈夫だろう。政治に興味はない人だけど、今の帝国を憂いているのは確かだ。爺さんなら国の中枢にも顔が利く」


現在の帝国の政治体制で、皇帝の権力は絶大である。

「皇帝陛下を敵に回してしまった俺達が取れる選択肢は少ない」

そう言った童貞魔導師は元上官に助けを求めた。


「別に皇帝なんか、とっとと殺してしまえばいいだろ?」


「お前は単純でいいよなぁ、俺達はそう単純じゃないんだよ。ねぇ?聖女様。お前はいいかもしれんが、俺達はこの国の人間だからな?親兄弟、友人知人。国が混乱すればそれらに被害を与える事になる。殺すにしたって、色々問題あるだろ?わかる?」


コイツ、童貞のくせに人を馬鹿扱いしやがった。


「そうですね……。まず、皇帝陛下の周りには優秀な護衛が多いでしょうし、仮に殺せたとしても、国が混乱し、民が傷つくのは避けたいです」


「そうですよね?コイツは脳ミソまで筋肉なんですよ、きっと。そうゆーことまで頭が回らないんです」


「頭が回らないんじゃない、そんな事は俺にはどうでもいいだけだ。俺が気にするのは、"敵か味方か"それだけだ。敵を殺して回るのが俺に与えられた使命だからな」


まぁ、本筋の使命とやらは魔物の駆除の方なんだが、コチラの方が割が良い上に、どうやら俺にはそこそこ才能があるらしい。


「脳筋死神め!俺達の国だぞ!ちょっとは気にしろっつーの!」


「文句なら、おたくらの皇帝に言ってくれますぅ?協定を守って、謝罪し賠償を払うならまぁ、許してやらん事もない。ことも、ない」


「それ、許す気ないじゃない!とにかく、爺さんと会ってくれ。やるのは、それからでもいいだろ?」


「私からもお願いします。帝国には陛下を良く思わない勢力も多いと聞きます。それらと連携すれば、事はスムーズに運べるのではないでしょうか」


童貞が前に言ってた皇弟派とかの話しか?まぁ、議会とか他にもあるんだろが、興味ないからどうでもいいが。


「一応は会ってやるが、面倒なのは御免だからな」


とりあえず、湖周辺の占領を断念させ、運営クエストをクリアしたい。


そして、喧嘩を売ってきた連中を叩きのめしたい。


「多分、大丈夫だと思うが、なんせ偏屈だからなぁ……。お前、イラついて手を出したりするなよ?逆にやられる可能性の方が高いからな?コレはフリじゃねーぞ」


コイツに俺の力の全てを見せたわけではないが、ある程度の戦闘能力は知っている。


魔力を使えるようになった俺なら、ちょっとした装甲戦闘車両並みの火力と装甲を持っている。

それを持ってしても勝てないとか……


「その爺さん本当に人間かよ」


「空間を直接イジってくるんだよ。歪めたり、裂け目を生み出したり。攻防一体のチート魔術でバケモンだな、ありゃ」


どうやら現地人類サイツヨの呼び声も高い有名人なんだと。


「あっ!後、俺も少し習ったが、爆轟の使い手でもあるな。俺なんかも魔術で爆燃くらいなら再現できるけど、爺さんのはやべえぞ。たった一発で、ぶち込まれた要塞の中の人間は、圧死と窒息死と蒸し焼きで全滅したらしい。数千の兵がなす術なしってやつだ」


ようは、前の世界の核兵器を除けば、馬鹿みたいに高威力な兵器であるサーモバリックな爆弾を一人でポンスカ撃ち込めるリーサルウェポン的な扱いの爺さんか。


「後、俺も使えるが、詠唱破棄とか、待機魔法もお手の物だからな。お前の魔弾も相当速えけど、多分正面からは、まず通用しないと思った方がいい」


それはマズイな。非常に。


待機魔法とは練った魔術や魔法をブッ放す直前で待機状態にしておく技術の事だ。

魔力を消費する技だが、使い手は長時間の待機も可能だとアイリーンが言っていた。


童貞も、河原でボートから撃った俺の魔弾を防いだ時に使っていたらしい。


敵に回したくないが、もしも敵に回した時の手札くらいは用意しておきたかった。

これだから童貞は、余計な事を。


「何にせよ、手出ししなければ問題ない相手なのは保証する。偏屈だけど、人をいきなり殺しにかかる人じゃないから」


俺だって人間辞めてきた自覚あるくらいには強くなったけど、人間辞め過ぎ爺さんとかヤバない?


「まぁいい、それよりいつ着くんだ?その爺さんは」

「呼んだか?」

「「「!!!」」」


接収した代官屋敷の応接間にいた俺達に、いきなり俺の背後から現れた一人の爺さんが笑いながら話しかけてきた。


「ヒヒヒヒヒッ!驚いた?ね?驚いた?」


心臓止まるかと思ったわ!このクソジジイ!

俺のMAPさんすら声をかけられるまで認識しなかった。


「あの、師匠。もう、いい歳なんですから、そうゆーのやめてくれませんか?いきなり現れて心臓止まるかと思いましたよ」


「若いのに、そんな言うなよ。シャレも分かんないの?そんなんだから童貞なんだよ?お前」


長い髭も髪も見事な白髪ジジイだが、声と話し方は存外若い。後、童貞の童貞たる所以を見事にいい放った。


「確かに」

「お前が納得すんなよ!」


「それで、お前が異世界人かぁ。久しぶりの異世界人だけど、お前、血の匂いが濃過ぎるな」


目を細めてそういった瞬間、ジジイの殺気に釣られた俺は全力で魔弾をぶち込んだ。

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