第112話 家族の絆

「ホまえらは、ファが国ホ、舐めへる」


「ヒューヒュー」と潰された鼻のせいで呼吸は荒く、折れた前歯のおかげで言葉も若干不明瞭な優男は馬鹿なのか助かると確信しているのか、意外と強気な姿勢を保っている。


「ヒューヒュー、ヒューヒューうるさい奴だな、お前は朋ちゃんか?結構歳食ってるから牧瀬○穂の方か」

ヒューヒューだよ!

オッさんが言っても可愛くねーから!


「こんはなべたまへして!ふじにすふとほもふなよ!」


「誰か通訳してくれ。異世界人の俺には西の下衆野郎の言葉は難易度が高いようだ」


「へっだいにころひてやる!」

色男も形なしの様相で吠える負け犬。


「そうかそうか、脚の治療がまだだったな。こちらの世界に捕虜に対する規定や条約があるとは思えんが、俺は紳士で文化的な人間だ。治療くらいはしてやらんとな」


優男のズボンを鋏で切り患部を露出させると、モーリッツの護衛にラッドがいたので衛兵数人と共に体を押さえさせる。


喚く優男を無視して轡を噛ませ、飛び出した骨を無理矢理押し込むと赤く焼けた鉄棒で患部を焼いて止血した。


ジュゥッという音に少し遅れて肉の焼ける臭い

あまりの刺激に耐えられず痙攣する優男


まともに治る事はないだろうが死にはしないだろう。

もう少し殊勝な態度であればもしかすると、治癒士やポーションが準備してもらえたかもしれない。

いや、ないか。


自領に対してふざけた真似をしていた優男に同情する者はここにはいない。

息子を人質に取られているソフィアも顔を顰めただけで非難する事もなかった。


ポーションや治癒士も現場には無かった。

緊急的な処置としては妥当だろう。

だからジュネーヴ条約にも違反していない。

まあ、仮に違反していたとしてもこの世界では関係ないけど。

寧ろ、してやって感謝感激して欲しい。


「使徒様、その男を殺すのは、まだやめておいて頂きたい」肉の焼けた匂いのする地下牢に辺境伯が姿を見せた。


「まだその男には利用価値がある。私自身としても遺憾ではあるがね」

ゴミを見るような目で自身を見る辺境伯に、ただ優男は虚な目を向けるだけだった。




辺境伯は王政府とそれを通じて協商連合国の大使館に対し一連の報告を済ませたと言う。

王都にいる全権大使の慌てぶりは如何程かとソフィア以外の四人は仄暗い笑みを浮かべる。


ソフィアの処遇は理由も理由なので何とか所有者の俺の働きで補填できるよう頼みこんだ。

使徒の立場を利用して何とかってところだ。

ソフィアの寝返りが敵にバレると息子が危険な為、暫く領主館で軟禁されている体にしておく。


「それで、王都の動きは?何を言って来ると思う?」


「使徒様、王政府がどう言おうとブリスクは我らが領地! ここまで好きにされて黙っていれば!

早晩この地は魑魅魍魎達に喰い物にされるでしょう!」


「兄上、そう早まらんで下さいよ…… 国として西と事を構えるとなると、そう簡単にやるやらないとはいかんでしょう」


「モーリッツの言う通りだ。「父上!」しかし、フィリップの言う事もまた貴族・領主としては大いに正しい」

代々この地を治めていたブリスク家はこの地を王より賜った訳ではない。

王に忠誠を誓い安堵を認めてもらっているだけだ。

王が保証しない、保護しないのであれば忠誠もへったくれもない。


「このブリスクは我が命、民は家族である。これを犯す輩は思い知る事になるだろう。我がブリスク家、辺境領の恐ろしさをな」

いつもは比較的温厚な辺境伯も、今回ばかりは腹に据えかねているようだ。


「領主たる者そうでないとな。安心してくれ、ちょっと領事の息子を救出しに西に行こうと思ってる。ついでに強硬派の奴等を血祭りにあげてきてやろう」ソフィアの罪をチャラにし、ついでにポイントゲットしに行くのだ。


「すまん、全く安心できる要素がないんだが……」


「モーちゃんさぁ、そういうとこだぞ。お前も軍人の端くれなら、『一丁敵の首魁の首上げて来る!』くらい言ってやれよ」


モーリッツは「俺、衛兵だし……」などとブツブツ言っていたが、「なるほど、ではモーリッツを連れて行ってください。これで敵の首の一つでも獲ってくれば領軍の長として箔がつく」と辺境伯のGOサインをいただいた。

毎度アリー!


「命の保証は無いがよろしいか?」


「よろしい訳ね「勿論、道半ばで倒れるようであれば打ち捨てていただいて結構!勿論それで報酬が減るなんて事もありません」えぇ……」


「モーリッツ!お前が見事、次代である私の右腕となる事を願っているぞ!使徒様、愚弟の事をどうか、よろしくお願い申し上げます!」


本人の意思など全く関係ないとばかりに、父である辺境伯と次代である長男によってモーリッツの西討参加が決定した。


二人的には、手柄を立てさせ周りに納得させる形で要職にモーリッツを据えたいのだろう。


これが家族愛か……イイハナシダナー


「どうしたモーちゃん、チベット砂ギツネみたいな顔して。出世の前祝だ、色街にでも行くか!」


俺は表情の死んだモーリッツを馬車に乗せ、夜の街へとくりだすのであった。


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