第82話 レディー・ローズ 閑話

あの男を見た瞬間私は悟った。

「あっ、ムリ」と。

ハメられたことに気づいた時には配下の腕自慢の2人がなす術なく床に転がっていた。


超越者になりつつある自分の一党ファミリーの中でも5本の指に入る腕っ節の男達だ。


それが秒殺だ。それも多分手加減されながら。


何が"女に縋って粋がる腰抜け"よ!

あの情報屋は折檻おしおきが必要なようね。


"氷の魔女"と"聖女"をたらし込んだ男がどんなものか興味本位でちょっとだけ可愛いがってやろうとしたのだが……あの配下達は暫く使い物にならないだろう。

こんな時に戦力を失ったのは痛い。


あの男は淡々と語る内容に"やっぱり"という思いと、予想より大分早く動きだした事に忸怩たる思いが込み上げる。

旧くからのこの街の裏稼業の勢力は何とか纏まる事で新興勢力に対抗していたが、ジリ貧だった。

未だ纏まりきっていない上、資金力・戦力に勝る新興勢力に徐々に削られてきている。

何とかしなければと奔走したが結果は芳しくなかった。


それでも、あの領主ならまだ猶予があると思っていたのだ。


領内の貴族達が騒がしいと思ってはいたが、早々にケリがついたせいでコチラに手を付けてきたのだろう。

あの男が暗躍したのだろう事はすぐに予想がついた。


アレは別格だ


私を含めた超越せし者とか言われてる連中と比較して別格と言わざるをえない



男が言った。"アンタ等を徹底的に潰すだろう"


私がこの地位を築き上げるのに、どれだけの苦労とどれだけのモノを犠牲にしてきたと思う?

直接手にかけた命だって既に数え切れない程だ。

暴力・金・身体で多くの敵を排除、籠絡してきた。


何が神だ!神が私に何をしてくれた?

使徒だと?それが何?

私に何をしろと?


しかし、あの男の要求はコチラとしても願ったり叶ったりの条件であった。


私はこの街を人並みに愛している。

この街の治安を改善できるならそれなりに役に立つだろう。


この街の裏側に君臨する為に助力までしてくれるらしい。

しかし、その条件を聞いて驚いた。


「この街と神にだ。アンタはこの街の為に忠誠を尽くすと神に誓え。因みに誓約を反故にすればお前を殺す」


あの男や領主に忠誠を誓えと言って来るのだと思ったら"この街に"ですって。


ふざけた内容だったら内腿の暗器を突き刺してやろうかと思っていたのに……

まあ、あの男はずっと私の脚と胸元に隠してあった毒塗りの暗器を警戒して視線を送っていたので無謀な事ではあったが。


見返りだって金でも身体でも要求される物をくれてやるつもりだった。

教会への奉仕……

自分の利益は?聖人気取り?馬鹿なんじゃない?


ウチの若い者でも人足として使えるだろうか?

なんて思っていると、とっとと帰ろうとしていた。


暴力を生業の一つにしている私に"物騒だから"もっと強い人間を雇えと言ってきた。


皮肉なの?あんたみたいな化け物は早々いないわよ!

しかしあの男は本気で心配しているようにも思えて、私はあの男が本当に分からなくなった……



気づけば私は、事態が解決したら、あの男に忠誠を誓ってもいいと思う程にはあの男が気に入っていたのだ。


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