第27話 前に進むために [ほろほろ]
部屋の中にはもう目に見えないものは何もいないのだと、康平たちは理解できた。
今までより少しだけ広がった世界が悲しくて、康平と和斗はもちろん、茜の瞳からも涙がこぼれ落ちていた。
康平の母が焼き立てのクッキーを持って部屋にやってきて、全員が泣いているのを見て仰天した。
かなりの大声で話していたと思ったが、怜二か神様が声が周囲に漏れないようにしていたのだろうか。
今ここに怜二がいたのだと、そして消えてしまったのだと泣きながら話す康平たちに、母も目を潤ませた。
ハンカチやティッシュでは太刀打ちできないほどに涙と鼻水まみれの三人に、母がタオルや保冷剤を持ってきてくれる。
三人は腫れ上がった目をタオルで巻いた保冷剤で冷やしながら、冷たい紅茶を飲んだ。
鼻を啜り、詰まった鼻でもバターの香るクッキーを食べる。
ほろほろとした食感のクッキーが、口の中で溶けていった。
この間のお菓子作りの時も、怜二は近くにいたのだろうか。
しばらくして落ち着いた康平は、小学校の卒業アルバムを持ってきて茜の前に広げた。
水色の背景に真面目な顔で写る康平と和斗よりも後、森田怜二と書かれている写真の中には、先ほど部屋に現れたメガネの少年の姿があった。
先ほどよりも少し顔立ちが丸く、幼い表情をしている。
「怜二は、一学期の途中に死んだんだ」
康平が勉強机の方を指差し、コルクボードに貼られた写真をみんなで見る。
卒業アルバムよりも成長した康平たちが並んでピースサインをしていた。
「おれが最初に怖い話にハマってさ、それから三人でそういう本たくさん読んで」
「中学生になってから、あの地図作ったりしはじめて、心霊スポット探検しようよって」
「別にどれだって良かったんだけどさ、なんか気になる噂があって、それが裏路地のマンホールの蓋が開いてることがあって、そのマンホールを覗き込んだら死者に引き摺り込まれるってやつだったんだけど」
「それにしようってぼくと和斗で盛り上がって、怜二は、笑ってたけど、ちょっと泣きそうに見えて、でもそれは噂を確かめに行くのが怖いからなのかなって思ってた」
康平も和斗も、その頃を思い出すように顔を歪ませた。
あの表情の本当の意味に気付いていたなら、怜二は死ななかったかもしれないのに。
「日曜日にマンホールを探しに行こうって約束して、金曜日、バイバイして、次の日の朝……怜二のお母さんから、電話があった……怜二が、死んだって」
土曜日の朝、いつもなら起きてくる時間にリビングにこなかった怜二。
怜二の部屋は空っぽで、玄関にあったはずの靴もない。
慌てて探しに行こうと両親が支度をしている最中に、警察から電話があったのだそうだ。
路地裏で倒れている怜二を見付けたのは、犬の散歩をしていた女性だった。
怜二の着ていた服にフルネームが書かれていたため、電話がかかってきたのだった。
霊安室の中、白い布の下にある顔は青白く、身体中に手で強く掴まれたような痕があった。
解剖して調べることもできますがと言われたらしいが、両親は怜二の身体にメスを入れることを拒んだ。
掴まれたような痕以外に目立った外傷はなく、毒物や薬物の反応も出なかったため、他殺ではないとの見解だった。
謎の死を遂げた怜二は、棺の中で綺麗に整えられ眠っていた。
「路地裏で見つかったって聞いた瞬間、あの噂が本当だったんだって思った。どうして一人で行ったんだって思ったけど、それ以上に怜二が死んだってことが、信じられなくて……」
「そしたら、夢を見たんだ、二人して」
「夢?」
「怜二が出てきて、幽霊になった自分を見付けてくれって」
「だからぼくたち……幽霊に会いたかったんだ。どうやって会えばいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に心霊スポットに行ってみて」
「たぶんさ、ずっと怜二、おれたちと一緒にいたんだよな。怖い思いしたけど死ななかったのは、怜二が、守って……」
また涙が溢れ出す。
怜二の葬式に行って、見慣れた笑顔の遺影を前に焼香して、そこから前に進めずにいた。
幽霊になった怜二に会うためにやった全てのことは、前に進むためではなく、ただ、怜二の死を根本的な部分で受け入れないための行為で。
そういう場所に行ったからこそ、怜二は命を落としたのだと理解していながら、それでも幽霊に会いたいからと言い聞かせて危険な場所に足を踏み入れる。
康平も、和斗も、それぞれがまた怜二と同じような目に合うかもしれないという恐怖には気付かないふりをして、同じところをぐるぐると歩き続けていた。
けれどもう、怜二は死んだ。
完全に二人の元からいなくなってしまったのだった。
康平も和斗も、目を背け続けてきた現実に向き合わねばならなかった。
悔やんでも悔やみきれなかったあの日の出来事から、立ち上がって先に進まなくてはならなかった。
怜二のいない世界で。
「私は生きてる怜二くんとは会えなかったけど、それでも、私の中に怜二くんがいるのは分かるよ。二人の中にも感じるでしょ? 怜二くんが残してくれたもの」
茜が、自分の胸に手を当てながら言った。
二人はその言葉に黙ったまま頷く。
先ほどまではなかった感覚が、三人を包んでいた。
「私、ずっとここにいたいから、お父さんと、ちゃんと話す。だから、私も仲間に入れて。一緒に怜二くんのこと忘れないでいるから」
康平も和斗も、もう茜を仮の仲間だなどとは思っていなかった。
けれど、きちんと言葉にしていなかったことは確かで。
三人はそれぞれ右手を差し出し、重ね合わせた。
その手は、暖かかった。
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