第22話 ゆめ [泣き笑い]
「どうして怖い思いはたくさんしてるのに、肝心の幽霊は見えないんだろう……」
康平は学校からの帰り道、一人呟いた。
この間の缶詰工場は本当に死ぬかと思った。
幽霊屋敷も病院も、カボチャも、森も洞窟も、なんだかんだでいくつも怖い思いをしているのに、肝心の幽霊には会えないのだ。
茜には、幽霊が見えているという。
けれど茜も、生きている人間と間違えるくらいにリアルな幽霊は見たことがないと言っていた。
もしかしたらそういうリアルな幽霊というのは作り話の中にしかないのではないか。
そんな考えが康平の頭の中に浮かんでは消える。
そもそも今まで生きてきて一度も幽霊を見たことがないのだから、それはもう見える可能性がゼロということなのではないか?
それでも、不可思議な現象には度々遭遇しているし、和斗に至っては水神と会っているというではないか。
怜二もいたというその空間に、自分もいたかった。
「はぁ……」
考えても仕方のないことばかりが押し寄せてきて、康平は溜息を吐きながら家に帰るのだった。
◆
中学二年の五月。
康平たちは三人で机を囲んでいた。
四月から集め始めた学校の怪談。
七不思議をメモしたノートが机に広げられている。
「後輩できたしさ、先輩も一個上だけだし、そろそろ学校の外のやつも集めたいよな」
「たしかにー」
「それじゃあ、地図持ってきましょうか。家にあるんです、使ってない地図」
「お、いいな! じゃあおれフセン持ってくるから、それでメモしてこうぜ」
「じゃ、じゃあぼくペン持ってくる!」
「いやペンは自分で持ってるし」
「やだー! ぼくにも何かやらせてよ!」
「わーかったよ!」
駄々をこねる康平に、和斗と怜二が笑った。
次の日、三人で持ち寄ったアイテムを机に広げる。
怖い話を最初に好きになったのは、和斗だった。
小学五年の夏、テレビでやっていた心霊番組を見た和斗は、そこで聞いた怪談を康平と怜二に語って聞かせたのだった。
和斗の語りはなかなかに上手く、康平たちは大いに楽しんだ。
もともと全員お化け屋敷に楽しんで入るタイプだったこともあり、素質は十分だったのだろう。
それからみんなで図書室に行き、怖い話の本を読み漁った。
小学校の図書室の蔵書量はそれほど多くなく、地域の図書館に活動範囲を広げるのに時間は掛からなかった。
本なんて全く興味のなかった和斗だったが、怖い話に関してだけは別だった。
親も、本を読まないよりはいいと思ったのか、時々その手の本を買ってきてくれるようになった。
和斗が読み終わると康平と怜二に貸し出され、三人で共有する。
和斗はどんな怖い話でも好きな雑食だったが、康平はどちらかといえば物語として成り立っている方が好きだった。
理不尽な終わり方や、読者の想像に任せるタイプの話は、あまり好みではなかった。
怜二は日本の怪談や妖怪の類が好きで、西洋のファンタジーめいたものがそれほど好きではなかった。
好みが三者三様だったことも、三人の刺激になっていた。
まだその頃は門限も早く、自由な時間が少なかった。
だから怖い話の本を読むのが精一杯で、それで十分満足していた。
中学生になり、環境が少し変わった。
小学校のクラスメイトより、遠くから来ている生徒も増えた。
ただ、それでもまだ康平たちはまだ小学生の頃を引きずっていた。
そこまで真面目というわけではなかったが、今までダメだと言われたことが許可されても、前に怒られた時のことを何となく気にしてしまっていたのだった。
門限が少し伸びたが、今までとそれほど変わらない生活を送っていた。
二年生になり、新しく入学してきた一年生を見て子供だな、と思った。
そう思えて初めて、自分たちが思ったより成長していることに気付いたのだった。
そして、康平たちは学校の外に目を向けた。
読んできた本の中にも、これは自分たちの住む地域のことなのではないかと思われる投稿があったりして、それが本当なのか気になっていたこともある。
「探検しようぜ、心霊スポットとかさ」
メモしておいたそれを付箋に書いて地図に貼ると、いかにもそれっぽい。
康平たちはクラスメイトや友人に、怖い話や噂を聞いたら教えてほしいとお願いした。
地図に自分の教えた噂が付箋で増えるのを見ると、やはりどこか嬉しいらしく、みんな色々な話を聞かせてくれた。
実体験を話す人は、誰もいなかったけれど。
ある生徒が持ってきた話が、危ないものだと気付いたのは怜二だけだった。
裏路地のマンホールの蓋が開いていることがあり、もしその開いた穴を覗き込んでしまったら死者に引き摺り込まれるという噂。
引き摺り込まれた者がどうして噂を立てられるのだろうと言うと、目撃者がいたのではないかとの答えが。
康平と和斗は納得したように頷き、付箋を路地に貼り付けた。
地図上では何も起きていないにも関わらず、貼られた付箋から嫌な気配が漂ってくるようだった。
怜二は二人にバレないように密かに深呼吸をした。
他にもいくつかの噂や投稿をピックアップして地図に書き込んでいたから、そのマンホールには行かないだろうと思っていた。
けれど、思っていたよりも康平と和斗はマンホールが気になっていたらしい。
やはり、この話には人を呼び寄せる何かがある。
怜二は覚悟を決めた。
その頃にはもう六月になっていて、梅雨入りしたこともあり連日天気が良くなかった。
最終週の日曜日が久しぶりの晴れ予報で、康平たちはその日にマンホールを見に行ってみようということになった。
そういう場所に行くのは初めてだとテンションの上がった二人は、どんな服を着て行くか、どんな物を持っていくか楽しそうに話し始める。
「怜二? どうしたんだよ」
いつにも増して口数の少ない怜二に、和斗が尋ねる。
怜二は今にも泣き出しそうな笑顔で、康平と和斗に何でもないと手を振った。
その瞬間、教室の中にいたはずの三人の周囲がぐにゃりと歪み、怜二の足元へ穴が近付いてきた。
黒い穴は怜二のすぐ前まで来ると動きを止める。
穴からぶわりと真っ黒な無数の手が伸びてきて、怜二の全身に纏わり付いた。
怜二は慌ててそれを振り払おうとするが、いくら振り払っても次から次へと新しい手が伸びてきて逃れられない。
怜二の表情が恐怖に歪み、穴の底へと引き摺り込まれていく。
それでも、康平と視線が絡むと怜二はまた、あの泣きそうな笑顔を浮かべた。
もう、ほとんど飲み込まれているというのに。
「康平くん! 和斗くん! ぼくが■■■■■■■■■■■!」
「怜二!!!!」
康平はベッドから転がり落ちた。
ゼェゼェと荒い呼吸を整えながら、夢を見ていたのだと自覚する。
最近の悪夢はもっぱらこの間見た冷蔵室の死体だったのに。
台所でマグカップに麦茶を注いで一気飲みする。
喉を通り過ぎていく冷たさが、一緒に恐怖も流していくような気がした。
夢だ。
今のは、夢。
身体中に嫌な汗をかいていて、気持ち悪くなった康平は、シャワーを浴びて新しいパジャマを着た。
自分の部屋に戻り、ベッドサイドに腰掛ける。
もう、カボチャはない。
自分を害するものは、何もないはずだ。
「怜二……」
脳内にこびり付いた、あの泣いたような笑顔。
まぶたを閉じる度にチラつく怜二の顔が普通の笑顔に変わるように、康平は勉強机の正面の壁にぶら下げたコルクボードを見た。
色んな写真が所狭しと貼り付けている中、一枚を選んで手に取る。
遠足に行った時に三人で撮った写真。
その中で怜二が浮かべる満面の笑顔を、目に焼き付けるのだった。
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