第20話 呼ばれた子供 [祭りのあと]
康平たちの暮らす町では、秋に祭りが行われる。
元々この周辺にあった田畑の豊作を祝い、願う祭りだったのだが、今ではもうこの辺りには住宅が立ち並ぶばかりだ。
豊穣を祝うことも願うことももうないのだが、祭りだけが形式的に残っている。
町の北側にある神社の境内が、祭りの中心となっていた。
本来であればその年に採れた米や農作物を祭壇に捧げ、実りが多ければ感謝の祈りを、実りが少なければ来年への豊作の願いを祈るのである。
今は町で採れるものがないため、なるべく近くの場所で採れた米や野菜を取り寄せ、それを祭壇に捧げている。
祈りの神事は執り行われるものの、町民の興味はそこにはないため、もはや一般公開はされていない。
町民のお目当ては、その日の為に誂えられた立派な祭壇に置かれた食べ物の配当である。
祭りのあと、祭壇上の食べ物は先着順ではあるが一家族に一袋ずつ配られるのだった。
祭り当日に神社前に立ち並ぶ屋台の数々も、楽しみの一つだった。
夏にも盆踊りと共に屋台が並ぶが、その時とはラインナップが違う。
夏と秋ではだいぶ趣の違うものになっていた。
康平たちも祭りにやってきた。
お小遣いを握りしめ、提灯に照らされた町を歩く。
その日だけは町内の至るところに提灯が下げられ、神社への道を照らすのだった。
茜が祭壇を見たがったので、みんなで境内に行くことにした。
白い布がキッチリと掛けられたテーブルの上に、米俵や果物、野菜などが並ぶ。
肉を置くのは禁忌とされていた。
テーブルの奥に大きな注連縄の飾りが置かれ、両サイドから照明スタンドが煌々と祭壇を照らし出している。
本堂の方からは途切れることなく笛の音と祝詞が聞こえており、厳かな雰囲気だった。
本堂の方に向かって頭を下げ、康平たちは屋台へと向かった。
焼きそばのソースが鉄板で熱されたいい香りが遠くまで漂っている。
たこ焼きの屋台からもソースの香り、じゃがバターの屋台からは蒸されたじゃがいもとバターの香りが漂って康平たちの食欲を刺激した。
同じ食べ物でも、どうして屋台で買ってその場で食べると特別に美味しく感じるのだろう。
家でチョコバナナを作ってみても、ここまでテンションは上がらない。
康平はたこ焼きとチョコバナナ、和斗は焼きそばとベビーカステラを買った。
茜は自由にできるお金がなく、彼らに少し分けてもらって楽しんだ。
怜二は端から端まで屋台を見ているようだったが、その視線はりんご飴に釘付けだった。
がやがやとした人混み。
射的やくじ引きに盛り上がる声。
アルコールを飲みながら騒ぐ大人たち。
普段とは違う夜の光景が、気分を高揚させる。
神事が終わる時間になると、町民たちがぞろぞろと神社へ向かい始める。
みな、お祝いの配り物をもらうために列を成すのだ。
康平たちも、母に頼まれているので並ぶことにする。
茜も、果物がもらえれば自分が食べれると一緒に並ぶことにした。
階段の下まで伸びた列に並び、配り始まるのを待つ。
一ヶ所にじっとしていると、冷たい風が吹き抜けてかなり冷える。
列から抜けた和斗が一番近くの自動販売機で温かなココアを買ってきて、それを握りしめながら待つことにした。
「あの子……」
「え?」
ココアを両手で包み込み、首元に当てたりしていた茜が、動きを止めて道の先を見た。
「ぼろぼろの浴衣着て、すごい寒そう」
茜の指差した方向を見ても、康平と和斗には茜の言う子供は見えなかった。
怜二の瞳には、もうほとんど服としての役目を果たせていないような布切れを身にまとったおかっぱ頭の少女が見えていた。
「何も見えないけど」
「じゃああの子、幽霊なんだ」
茜がさらに声を潜めて言う。
その幽霊は、神社を見上げるように立っているのだが、階段の前まで行くと踵を返し、また戻ってきては神社を見上げている。
「その子も配り物もらいたいのかな」
「幽霊ももらえんの? ここの神主さん、そんなスゲー人だっけ」
「でも、階段の前でうろうろしてる……」
「そこから進めないんでしょうか?」
「あ、あれじゃない? 誘ってもらえないと入れない的な!」
よくある話である。
区切られた場所の外から中へ入るには、中にいる人から招かれなければならない。
怪談でもオカルト話でも、人ならざるものたちは中へ入ってもいいと言わせるためにあの手この手の手段を使う。
「誘ってあげる?」
「危なくねーの? あー、俺が声かけようとしてみればいいか。声かけたらヤバいやつだったら痛くなるもんな」
和斗は左腕をひらひらさせながらそう言った。
前に水神と夢で話してから、腕の痛みについてはイメージトレーニングを重ねてきた。
突然来られるとキツいかもしれないが、今のように覚悟しておけるならまだ我慢できる気がした。
「もう少し進んだら」
「わかった」
配当が始まり、列がじわじわと前に進む。
階段のすぐ手前まで来た時、茜が右を指差して頷いた。
「お前も一緒に並ぶか?」
和斗の腕は痛まず、誘いの文句が口から出た。
和斗の方にパッと顔を向けた子供は、嬉しそうに笑って大きく頷いた。
そして、和斗の後ろにちょこんと並んだのだった。
正面から顔を見ても、茜に嫌悪感はなかった。
普通の子供にしか見えない。
顔色が悪く、よく見れば向こう側が透けているが、こちらに害をなすようなそぶりは見せなかった。
怜二はさりげなく子供の隣に立ち、様子を窺った。
和斗の腕も痛まず、私も何も言わないため、変なことにはならないと思ってはいるようだが、やはり不安なのだろう。
怜二の心配をよそに、列に並んだ子供は大人しく一緒に待っていた。
列はどんどん進み、康平たちの番がやってくる。
巫女さんと神主さんが手ずから配り物をしており、それぞれ野菜や果物の入った袋をもらった。
和斗たちが受け取って祭壇の前からずれると、次に子供が最前になった。
けれど巫女にも神主にも子供の姿は見えていないのだろう。
その後ろに並ぶ人に向かって袋が差し出される。
かわいそうに思った茜は、自分の袋からりんごを一つ取り出して、子供に差し出そうとした。
茜の腕を、和斗の左手が掴む。
和斗の意思ではなかったようで、驚いた顔をしていた。
「……渡すなってことかよ」
和斗の言葉にそうだと答えるように、シルシが少しだけ濃くなった。
子供は茜の方をジッと見ていたが、諦めたようにテーブルの横にしゃがみ込む。
自分のことが見える人間が、自分に何かをくれるまで、そうしているつもりなのだろうか。
列に並ぶ人間一人ひとりの目を、順番に見つめているように思えた。
呼び込むだけなら、声をかけるだけなら問題はない。
アレは、それだけのことでは何をすることもできない。
ただし、物を与えてしまったら、アレに付きまとわれることになる。
蠱毒と似たようなものなのだ。
定期的に餌をやらなければ不幸をもたらす。
蠱毒よりも質が悪いのは、人に押し付けられないことと、餌をやっている間でもなんの利益ももたらさないことだろう。
関わり合いにならないのが一番だ。
茜は気になるそぶりを見せながらも、康平たちに引き摺られるように境内を後にした。
さて、列の中にアレが見えてしまう者はいるだろうか。
私は少しだけ見物していくことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます