秘密の探検隊

南雲 皋

第1話 幽霊屋敷 [鍵]

 太陽が沈み始め、山中がオレンジ色に染まる頃、木上きのえ康平こうへい袴田はかまだ和斗かずと森田もりた怜二れいじの三人は、幽霊屋敷と噂される廃屋の前に立っていた。


 朝からずっと寝癖が付きっぱなしの康平は、サイズの合っていないだぼだぼのパーカーの袖をまくり、これまた体格からすると少し大きすぎるくらいの黒いリュックから懐中電灯を取り出した。

 まだ夜の闇に包まれている訳ではないが、鬱蒼と茂る森の木々と、大きな屋敷の影になって、ほとんど真っ暗に近いような場所もある。

 懐中電灯を握る手に力が入ったのを、気付かれないようにそっと体で隠した。


 もう冬の気配が近付いているというのに半袖と短パンをやめない和斗は、ふくらはぎを蚊に刺されたらしく、爪でバツ印を刻んでいた。

 ひやりとした風が肌を撫で、背筋がぞわぞわとした気がするが、首を振って気のせいなのだと思い込む。


 二人の後ろには、白い長袖のブラウスと紺色のスボンに白い靴下で、いかにも育ちの良さそうなメガネの怜二が立っていた。

 初めて入った森の奥深く、木々のざわめきすら怖いのか、不安げな瞳で周囲をきょろきょろと見回している。


 三人は小学生の頃からの友人である。

 中学に入学して、小学生だった頃よりも行動範囲が広がったこともあり、住んでいる街から少し離れた山奥の廃屋にまで足を運んでみたのだった。

 康平も和斗も、幽霊が見たいようだった。

 心霊スポットについて調べては、そこに行くにはどうしたらいいかと話している。


 町に住む子供なら誰でも知っているのではないかというくらいに有名な幽霊屋敷。

 それが、今目の前にある廃屋だった。

 集めた情報の中では彼らの家から近く、しかも幽霊の目撃者が多かったのだ。

 

 廃屋とはいっても、建物自体はしっかり残っている。

 壁はツタに埋め尽くされ、立派だったであろう門は片側が外れて地面に転がっているものの、玄関の扉はしっかり閉じられていた。

 四階建てと思われる大きなお屋敷には何個も窓があり、そのいくつかは割れていてボロボロになったカーテンが外まではみ出して風に揺れている。

 転がる門を踏んで中に入り屋敷の周りを一周してみるが、一階部分の窓はどこも割れておらず、裏口の扉には鍵がかかっていた。


 正面に戻ってきた三人は、玄関の取手を握って引っ張った。

 開かない。

 今度は押してみるが、やはり開かない。


「えー、せっかく来たのにマジで開かねぇの?」

「うーん、鍵が掛かってるからね……窓も全部ちゃんとしてたし」

「鍵が落ちてたりもしませんでしたしね」

「ぶっ壊せねぇのかな」


 和斗は扉をガンガン蹴り始めるが、やはり扉はびくともしなかった。

 舌打ちをして扉から離れた和斗と入れ替わりで、今度は康平が懐中電灯で鍵穴の中を照らし、覗き込んでみる。

 鍵穴の中を照らしてみたところで何が分かるはずもなかったけれど、普段は使わないアイテムを使っているということだけで、テンションが上がってしまうのだ。


 差し込む夕陽が、屋敷の中も照らしていて、穴から見える室内もオレンジ色だった。

 ふ、と、そのオレンジの中に黒い影が動いた気がした。


「わっ!」


 反射的に飛び退いた時、割れていた玄関ポーチのコンクリートに足を取られて転んでしまう。


「なんだよいきなり!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「今、なんか見えた気が……なんか、黒い、人みたいな……影……」


 震える手で康平が鍵穴を指差すと、まるでそれを待っていたかのように玄関の扉が、開いた。

 ギイイイイと嫌な音を立てて勝手に開く扉に、三人の顔色が悪くなる。

 何かが襲いかかってくるのではないかと身構えた三人だったが、屋敷の中からは何も出てこなかった。

 開いた扉の向こうに見える室内も、何の変哲もないただの家。

 普通の家にはないだろう大きなシャンデリアが夕陽にきらめき、その奥には絨毯の敷かれた大階段が見えた。


「なんで……開いたの……?」

「知るかよ、お前、なんかやったんじゃねーの!?」

「ぼ、ぼくはただ覗いただけだよ!」

「でも、何も出てこねーな」

「影が見えた気がしたんだけど……」


 三人は恐る恐る屋敷の中に足を踏み入れた。

 埃っぽい室内は、至る所に蜘蛛が立派な巣を作っていた。

 甲冑や彫刻、絵画などが飾られているが、それも埃と蜘蛛の巣にまみれ、ただただ恐怖の対象でしかなかった。

 女性の顔が大きく描かれた絵などは、どこから見ても目が合っているようでとても怖い。


「噂ではさ、中に入ったって話はなかったよね……」

「そうだな。おれたちが初めてってことじゃね?」

「もう帰りましょうよ……」

「三階の窓から見下ろしてる幽霊がいるんだっけ」

「おう、三階行こうぜ」


 和斗は正面に見えていた階段を駆け上り、そのままの勢いで二階を走って階段を見つけた。


「こっちこっち! 早くしないと真っ暗になっちゃうぞ!」


 二人は慌てて和斗に続き、三階までやってきた。

 何個もの扉が並ぶ長い廊下。

 数枚の窓は割れていて、そこから風が吹き込んでくる。

 もうほとんど陽は傾いていて、屋敷の中はどんどん暗くなっていった。


 三階にある全ての窓を確認した三人だったが、幽霊は出てこなかった。

 差し込んでいた夕陽は月明かりに変わりはじめていて、これ以上暗くなる前に帰ろうということになった。


「幽霊、見れなかったなー」

「ぼくが見た黒い影、幽霊だったのかな」

「そうだったのかもしれないですね……」


 大きな階段に差し掛かった時、三人は気付いた。

 開けっぱなしにしていたはずの玄関が、閉まっていることに。


「え、和斗、ドア閉めた?」

「閉めてねぇ」

「ぼくも閉めてません……」

「ぼくたちの他に、誰かいるのかな……」

「ヘンシツシャだったらどーするよ」

「えええ幽霊より怖いかも」


 恐怖を誤魔化すような明るい声で、玄関に向かう。

 康平が扉を押したが、ビクともしなかった。

 真っ青な顔で振り向いた康平を見て、和斗も扉を押す。


「なんで鍵がしまってるんだよ!」


 扉の取手の下に内鍵が付いていて、横向きのそれを康平は縦に回そうとした。

 けれど、動かない。

 どんなに体重を掛けて回そうとしても、全く動かなかった。

 遠くからカラスの鳴き声が聞こえ、冷たい風が吹き込んでくる。


「ううううううなんで! なんで開かないの!」

「お、おい、懐中電灯が……!」


 康平の手に握られていた懐中電灯が、数回明滅したのちにプツリと切れた。

 月明かりと、まだ微かに残る夕陽が差し込んでいたものの、突然懐中電灯の明かりがなくなればほとんど真っ暗に感じてしまう。

 電池の入った部分を何度も叩くが、懐中電灯は消えたままだった。


 予想だにしなかった展開に、三人の顔色はどんどん悪くなっていく。

 恐怖を駆り立てるように風が吹き、正面の階段の方を振り返った三人は息を飲んだ。


 なにかが、いる。


 姿が見える訳ではない。

 影が見える訳でもない。

 何も見えないのに、何かがそこにいることだけは分かる。

 見えない何かが、階段から降りてくる。


「うわああああああああ!!!!」

「開け! 開けよ! くそ!」


 気配が近付いてくる。

 全身の毛が逆立ち、心臓が口から飛び出さんばかりに高鳴る。

 康平はもうほとんど泣きながら扉を叩き続けた。

 和斗は取手を掴み、がちゃがちゃと扉を開こうとするが、やはり扉は微動だにしなかった。


 いつの間にか屋敷の中は、自分たちの立てる音しか聞こえないくらいの静けさに包まれていた。

 怜二はガチガチと歯が音を立てて震えるのを聞いた。

 力の入らなくなった膝が崩れ、床にへたり込む。

 それでも懸命に手を合わせ、言葉を紡いだ。


「お願いします。ぼくたちを助けてください!」


 他の二人の耳には届かなかったその言葉を聞き、はにっこりと微笑んだ。

 三人の上を飛び越えて扉に触れ、屋敷の外と内を隔てていた力を吸収する。

 その途端、何をしても開かなかった扉が突如として勢いよく開き、扉に体重をかけていた康平と和斗は支えをなくして転がった。


「わあああああ!?」

「えっ!? なんだぁ!?」

「分かんないけど逃げるよ!」

「あ、お、置いてかないでください……!」


 怜二は慌てて外に転げ出た二人を追いかけて走り出した。

 慌てながらも、私の方に視線を向けて、お礼を言うことを忘れない。

 その行為に私は酷く満足し、屋敷の正面階段から外を睨む青白い女を見やった。


『アレは私の玩具でな。お主の獲物にはさせられぬのよ。代わりに新たな餌を撒いてやろう。それで手打ちじゃ、よいな』


 グラマラスな身体のラインがくっきりと分かる真紅のドレスに身を包んだ女は、それを聞いて一度頷き、自分の部屋へと戻って行った。


 少年たちは今頃、遭遇した恐怖体験に盛り上がっている頃だろうか。

 私は扉を閉め、怜二の元へと向かうのだった。

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